こんなこともあるんですね~。
P150
コント55号で名前が知られるようになってから、急激に運がついちゃったでしょ。しかもさっき書いたように舞台を飛び跳ねたり、たいした苦労もしないでいただいたお金だから、これで新築の家なんか買ったらきっとバチが当たると思ったのね。
だから僕、大人になってから中古の家にしか住んだことがありません。今の家も中古だけど、この家に引っ越したのにはちょっとした理由があるの。
うちの三男が生まれたとき、仕事で九州にいた僕に奥さんの妹が電話してきて、こう言ったんです。
「さっき男の子が生まれたんだけど、もうすぐ亡くなっちゃうかもしれない……」
えっ、どういうこと⁉急いで東京に帰って病院に行ったら、三男は生まれてすぐ別の病院に移されていました。仮死状態で生まれてきたので、子供をとりあげてくれた先生が自分で抱えて大きな私立病院に移してくれたんですって。
数日後、私立病院の先生から呼びだしを受けました。
・・・
「今はまだ助かるかどうかわからない状態ですけど、もし助かってもお父さんは御苦労なさるかもしれませんよ」
・・・
・・・このときつくづく、ああ、俺が運を使いすぎたんだって思いました。それで先生にこう言ったんです。
「これまで僕、テレビにたくさん出たり、ちょっと幸せすぎたと思うんです。だからそれぐらいの苦労があっても当たり前だと思って乗り越えます。大丈夫ですから」
「お強いお父さんで安心しました。赤ちゃんは手をグーに握ってますから、そのなかに指を入れてあげてください。まだ確かなことは言えませんけど、赤ちゃんがぐっと握り返してきたら、脳に障害はないと思います」
先生はそう言ってくれました。僕はこのとき、どんな状態でも生きていてくれればいい、三男を守るためならなんでもしよう、仕事をやめることになってもいいって思ってた。それで、この子がのびのび育つような環境をつくってやろうと思って、山の上に建っていた中古の家を山ごと買ったんです。
あの頃は仕事場から家に帰ると、真っ先に三男の指に手を入れていました。・・・奇跡的に、なんの後遺症も残りませんでした。
それだけでも大幸運なのに、奇跡は僕の知らないところでもう一つ起きてたの。僕たち家族が引っ越した家は、隣がお寺なんですけど、そのお寺は三男を救ってくれた先生の実家だったんです。信じられないような偶然でしょ。これがわかったときには先生もびっくりしてました。