親の思いと子の思い

僕が手にいれた発達障害という止まり木

 お母さんとの対談、この姿勢すばらしい~と思いました。

 そしてバレエダンサーの小林十市さんと柳家花緑さんが兄弟だと初めて知ってびっくりしました。

 

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花緑 まわりを見ていると、やっぱり親の立場になると、子どもの成績が悪いと心配するものらしい。まったく気にしない親というのは、珍しいんじゃないかな。

 

母 私、あなたが2歳のときに離婚して、3年くらいで実家に戻ったじゃない。そうしたらすごく忙しくなっちゃった。すっかり娘に戻った気分で、習い事をいっぱいして。昔やっていたバレエを再開したり、ジャズダンスを教えるようにもなって。

 

花緑 子どもの学校の成績を気にするヒマもない。

 

母 そうそう(笑)。

 

花緑 息子のことより、自分のことを優先していたんだ。

 

母 あら、そうでもないわよ。どうやったら二人の息子が幸せに生きていけるか、真剣に考えていたし、それなりに私がレールを敷かなきゃとは思ってた。

 ・・・

 ・・・子どものころは、兄の十市のほうが落ち着きがなくて、じっとしていられなかった。だから、身体を動かすことをさせたほうがいいかなと思って。サッカーも考えたけど、できれば芸術的なことをやらせたかったので、バレエを習わせたわけ。

 ・・・

花緑 そもそもなんで僕を、落語家にしようと思ったの?もちろん、そういう家に生まれたというのもあるけれど、落語家の子どもや孫が落語家になっている例って、実はかなり少ないのに。

 

母 あなたには向いていると思ったのよ。子どものころから、あいきょうがある顔だったし、ふざけた動作とか好きだったから。

 ・・・

 6歳くらいのとき、九も十市と一緒に小林紀子バレエ団でクラシックバレエを習っていたじゃない。バレエ団の「くるみ割り人形」の公演の際、最後に出演した子どもたちが出てきて、あいさつをする。ところがずらーっと並んでいる子どものなかに、九がいない。「あれ~、出るの忘れたのかな」と思ったら、後からあわてて出てきて、真ん中で一人でペコンとおじぎをした。そうしたら、みんながわ~っと大笑い。もう、なにやってるんだろうと、正直ちょっと恥ずかしかったのよ。

 ところが実はイギリス人の演出家が、九はおもしろいから、わざとみんなが出た後にあわてて追っかけるように演出したと聞いて―そのとき、「あぁ、この子を落語家にしよう」と、ひらめいたの。

 

花緑 後にも先にも、小林紀子バレエ団の公演であれだけ観客席がドッと笑ったことはないらしい。まぁ、バレエはふつう、笑わせるものじゃないけどね。

 ・・・

母 まぁ、それで6歳のとき、「この子を父の跡継ぎにしよう」と思ったわけ。だったら早いうちから経験させたほうがいいかなと思って、9歳から始めさせた。あなたも、イヤだって言わなかったし。

 十市もまったく勉強しないけど、「バレエダンサーになる?」と聞いたら、「なる」って。じゃ、成績悪くてもいいか、と思ったのよ。十市は私立の高校を受けたけど、みごとに落ちちゃって。だったらいっそ外国にバレエ留学させよう、と。本人に「中卒でもいい?」と聞いたら、いいって言うし。

 あなたは噺家になると決めていたけれど、高校ぐらいは行っておいたほうが交友関係も広がるんじゃないかな、とは思ったの。だから「高校ぐらい行ったら?」と言ったら、「お兄ちゃまが中学だけだから、僕もそうする」って。「じゃあ、そうしましょうか」となったわけ。

 

花緑 だって「高校ぐらい行ったら?」と言われたの、僕の記憶だと、確か中学3年の2学期になってから。「ええっ?今さら?なにも受験勉強していないし」と思ったよ。

 

母 高校に行くのに試験受けなきゃいけないなんて、考えてもいなかったから。

 

花緑 今の会話自体が、完全におかしいでしょう(笑)。相当ずれている。当時の僕にしてみたら、通知表がオール1で、なにをどうしたらいいのか―。

 

母 あら、少しは2もあったわよ。

 

花緑 だから、そういうことじゃなくてッ!

 

母 そこへきて、ほら、音楽や図工が5だから。「いやあ、この子、すばらしい」と思っちゃう(爆笑)。

 

花緑 ほんと、得な性格というか―。

 

母 あら、そうかしら?

 

花緑 僕としては、学校で落ちこぼれであることに対して親が無関心でいてくれたことで、すごく救われた。もし受験勉強をして高校、大学という道しかないと思い込んでいたら、すごくつらかったと思う。

 

母 そのかわりお稽古事とか礼儀作法とか、落語家として必要なことに関しては、けっこう厳しく言っていたわよね。

 ・・・

 今だから言うけど、私も必死だった。この学歴社会のなかで、息子が二人とも中卒というのはいかがなものかという思いが、まったくなかったと言えばウソになるから。だったらバレエダンサーとしても噺家としても、ポーンと抜けるようになってもらわなきゃ困る。・・・

 

花緑 今思えば、「あなたたちは一流になれる」「一流になりなさい」というポジティブな言葉は、魔法の呪文だったような気がするなぁ。・・・

 一番好きな言葉は「大丈夫だから」。しょっちゅう、言ってくれていたよね。「大丈夫だから」と言ってもらうと安心できるし、こんなダメな自分でもなんとかなるかもしれないって、自然とポジティブな気持ちになれる。