樹木希林さんからの手紙

樹木希林さんからの手紙

クローズアップ現代+」という番組で、樹木希林さんからお手紙をもらったことがある方に取材した、それをまとめた本を読みました。

 実際のお手紙をそのまま写したものも載っていて、文章もさることながら、字とイラストも味わいがあって、希有な方だったのだなぁと思いました。

 

P138

 無言館の成人式には毎年、教員をめざす若者が何名かは必ず参加するそうです。

 長野県在住の酒井朝羽さん(22歳)も教師をめざす一人。・・・彼女に送られた手紙には、樹木さんが人々に手紙を書くその理由が記されていたのです。

 樹木さんが無言館の成人式に登壇したのは、がんが全身に転移していることを公表して3年後の2016年4月のこと。25人の新成人に2~3枚ずつ手紙を直筆で書くことは相当な労力のかかること、ましてや闘病中の体です。なぜそこまでして樹木さんは手紙を書いたのか。その答えが「罪ほろぼし」―。

「手紙を書くって、人に宛てているようで、自分と対話しながら書かないと、うまく文章は書けない。実際に樹木さんが自分と向き合っているときは罪ほろぼしという言葉から出てくるように、私はいろいろやってしまったなと思ったり、マイナスの気持ちもあったのかなと思います」と酒井さんは解釈しました。

 ・・・

 今、一番心に響いているのは「若者が切実に望んでいるものは聞いてくれる耳」という一文。・・・

 樹木さんが役者の道に進んだのは1961年、18歳のとき。試験に合格し、文学座附属演劇研究所に入所します。合格できた理由をのちに、このように語っています。

「『あの子は耳がいい』耳がいいといったら、人の台詞を聞いてるって。人がどういう気持ちでそれを言ったのかを聞いて、そっから(台詞)出てくるって。それは耳がいいって言われた。だから、それは私の特技」

 ・・・

 今、酒井さんはこの手紙を読んで、何を感じとるのでしょうか。

樹木希林さんは、きっと聞いてくれる耳を持とうとしている人なのかなと。私たち、会ったこともない人のプロフィールを読んで、それに対して、一人一人まったく違う手紙を書いていらっしゃったみたいで、そういう点で、すごく、若者の思いとかを聞いて、しかも聞くだけではなくて、自分が思ったことを正直に伝えてくれる素敵な大人だなと思います」と、手紙をじっと見つめて語りました。

 ・・・

前略 あさはさん

『言葉ってものは傷つけもするし

幸せにもする 単純な文法です』

 ブラジルの11才の少年のことばです

  原文はポルトガル語

 60才すぎて癌になってガチンと

響きましたヨ 遅いけど その罪ほろぼし

で こうやって手紙を書いてます

将来の目標 小学校の先生かァ―

 若者が切実に望んでいるものは

聞いてくれる耳だと聞いたことがある

手足だけの母親 サイフだけの父親

さて 酒井先生の耳は どんなかなあ

 頑張りすぎず 子供達に寄り添

っていっしょに成長する……

楽しんで下さい

 

もう一つ、先生を目指す方への手紙にはこんな内容もありました。

P118

拝啓 ゆり乃さん

法華経の薬草論第五番にね

太陽も雨も風も わけへだてなく降り

そそぐって 書いてあるの、

 だけど 木の持つ性質で うまく育

つものもいれば 根腐れする樹もある

陽が当たりすぎて枯れるかと思えば、日陰

だからきれいに咲く花もある

 ―って

生徒も同じ、それぞれの性質によく耳を

かたむけ聞いて その子が一番輝く場所を

共に探す、教育って教えるだけでなく

寄り添い 共に育つことかもしれない

生徒に行きづまったら その子の親の

愚痴を聞くといい、そっくりだから

―案外 糸口が見つかる筈

それが面白くなったら

ああ教師になって幸せ―っっっ