「それは時間をムダにしない人とムダな時間に生きる人だ」という二種類・・・、こういうことあるなぁと思いました。
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十年ほど前だが、ガン疑惑に悩んだことがあった。ガンか⁉と思っただけでもうダメ。生きた心地がしなかった。
我ながら呆れた。なんて精神力の弱い、根性のない、だらしない人間なのだろう。
だから友人から聞いたAさんの話にはちょっとばかりショックを受けた。
Aさんというのは四十代の独身の、いわゆるキャリアウーマンだ。友人のそのまた友人で、私はじかに会ったことはない。友人を通じてお互いに噂だけはよく耳にするという間柄だ。その彼女がガンで入院したのだけれど、入院中の時間をムダにしないために時間割を作り、日頃できないこと(本を読む、手紙を書く、絵を描く、編みものをする)にあてているというのだ。何と精神力の強い、根性のある、たくましい人なのだろう。私なんかとは全然違う。人間の出来が違う……。
・・・
そもそも私の生活はあらゆるムダで成り立っているような気もする。映画、TV、本、街歩き、山歩き……。そんな、世間一般から見たらムダとか遊びとかヒマつぶしみたいなものが、私にとってはたいせつなもので、仕事にもなっているのだ、いわば職業的閑人。
そんな私でも思いっきり時間をケチることがある。興味のない人と興味のない話題の会話を交わす、これ、私にとって一番のムダ。若い頃はあんまり意識していなかったけれど、三十代の頃だったかな、・・・その場の空気とか他人の興味に合わせてしゃべったり座持ちをしたりするのが、つくづく馬鹿馬鹿しく、時間が惜しく思われてしまったのだ。
以来、平気で人づきあいが悪くなった。・・・
・・・先日、友人(専業主婦)といっしょに街を歩いていた時のこと。「××さんでしょ」と友人を呼びとめる人がいた。茶道のお仲間だという。二人の会話風景が見ものだった。さしたる話題もなく、社交辞令的な会話をしているので、すぐに終わるかと思ったら、終わらない。互いに二人の間の空気を揉み合うようにエンエンと続くのだ。十分くらいだったかな。
あとで友人に「サッサと切りあげればいいのに」と言ったら、ほんとうは辛辣なところもある友人は「そういうわけにもいかないのよ。話の内容じゃなくて、一定時間会話をしたという事実がたいせつなのよ」と言う。
「そうかあ⁉」と、私は目からウロコが落ちたように納得した。・・・世の中の大半はこういう儀式的会話で成り立っているのかもしれない。
やっぱり私は職業的閑人としてしか生きられないと思った。