教科書のナゾ

実話芸人 (幻冬舎文庫)

 ちょっと調べてみたら、こんな展開に・・・面白かったです。

  すごく長い引用になってしまいました(;^_^A

 

P91

 東京都江東区東陽町に、教科書だけを集めた図書館があります。

 ・・・なんと、昭和25年から現在にいたるまでの、全ての教科書がここに保管されているのです。

 ・・・

 そこでふと思いついたのが、教科書の算数問題に出てくる子供の名前についてでした。

「太郎君が買い物に行きました―」「花子さんがおはじきを数えています―」とか、例題に使われる名前は様々です。その中で一番登場回数が多いのは、どんな名前なのか。

 くだらないけれど、きっと誰も知らないだろうし、調べた人もいないはず。そんな軽い気持ちで始めたネタ取材が、じつは日本の歴史に踏み込む、ある意味、深い話になるとは、この時は思ってもいませんでした。

 ・・・

 ・・・リサーチの結果、平成10年から平成20年までの11年間のナンバー1が判明しました!それでは、発表させていただきます。

 ドゥルルルルル……ドン!第1位は……「アキラ」君です!

 出演数25回、2位の「タダシ」君に9票の差をつけて、断トツぶっちぎりの優勝でした。・・・

 しかし、リサーチをしていくうちに、僕はあることに気づいてしまいました。・・・ある出版社の教科書では、「ケンジ」君がヘビーローテーションで何度も登場していました。出版社ごとに、選ぶ名前の傾向があるのでは、という気がしたのです。

 ・・・

 これは直接聞くしかない。さっそく、その出版社に電話をかけました。

 教科書に登場する子供の名前の決め方を教えてほしいという、非常にバカバカしい問い合わせです。それなのに、担当の方はきちんと対応してくれました。

「編集の者に確認しましたが、別段深い意味はありませんとのことです」

 ・・・

「僕の調査では、そちらの教科書には、やたらとケンジ君が出てくるんですが……関係者のお名前とかでは?」

「うっ……じつは、編集長のご子息の名前です」

 やっぱり!

「信じていただきたいのですが、特異な名前は選ばないように、会議の席上で厳正なるチェックをした上で決定しています。それだけは信じてください!」

 ・・・

 今回調べた教科書は平成10年から平成20年までの11年間だけですが、教科書図書館には昭和25年の教科書も残っています。・・・当時の教科書はどんな内容だったのか、ちょっと覗いてみたくなりました。

 僕はそこで思わぬ発見をしてしまったのです。

 普通、算数の文章問題は2行、長くても5行ぐらいで、簡潔な文章で作られています。たとえば、こんな感じでしょうか。

 ・・・

「片道30分かかる場所へ、正午ちょうどに到着するには何時に出発すればいいでしょうか?」

 これが66年前の教科書ではなんと、クラスで行われる学芸会の配役を決めるところから話が始まるのです。とても、時間の引き算の問題とは思えません。

 あまりにも長いので、かいつまんで流れを説明すると……。

 楽しみな学芸会だが、クラスメート全員が表舞台で活躍することはできません。主人公である一郎君が表舞台で活躍するためには、裏方に回る仲間も必要です。

 ジャンケンで負けた少年は、主役の座を一郎君に譲り、大道具を作ったり、・・・ある少女は舞台衣装を縫うことでクラスの輪に入ろうとします。・・・遂に一郎君たちは学芸会当日を迎えます。

「いよいよ10時52分、幕が開くとともにライトのスイッチが入りました。『まぁ、きれい……』」

 算数の問題なのに、台詞も入ってるんです。

「前の方にいた子供たちの歓声もたちまち拍手の音にかき消されてしまいました。劇は11時17分に終わりましたが、拍手の音はなかなか鳴りやみません。一郎君たちは嬉しくてたまりません。物事を行う時には、陰に隠れた力があって初めてできるんだなぁとしみじみ感じました……。劇は何分だったでしょう?」

 もう、ええわ!算数の問題なんて、もうどうでもいい!

 劇が何分上演されていようと、どうでもいいと思いませんか?一郎君は、算数ができなくても、この学芸会で学んだことで、間違いなく立派な大人になれます。

 ・・・

 さて、問題文はダイジェストで話しましたが、実際の教科書には配役や舞台作りなどが事細かに書き込まれていて、一問目を出題するまでに4ページも費やしています。

 ・・・

 ・・・なぜ、こんな長く情緒的な問題文になっているのか?どうしても知りたくなって東京書籍を訪ねました。

 ・・・

 ここで驚くような事実が判明します。

 昭和25年、終戦直後の日本は、GHQの統治下にありました。

 戦前の学校教育のカリキュラムには「修身」という、現在でいう道徳の授業が設けられていました。GHQはこの「修身」こそが軍部の暴走を招き、・・・神風特攻隊をも生んだ危険な教えであると判断し、昭和20年に「修身」の授業を廃止したのです。

 ・・・そこで政府は苦肉の策として、国語はもちろん、算数や理科、社会などの教科書に、道徳の教えを紛れ込ませて教育するしかないと考えたのです。

 だとすれば―「修身」の授業があった、戦前の算数の教科書はどうだったのか?

 ・・・

 なんと、戦前の算数の文章問題は、今と変わらない味気ない文章だったのです。・・・

 つまり、昭和33年に道徳の授業が復活するまでの13年間のみ、一郎君たちは劇の裏方の仲間に感謝をしているのです。

 東京書籍の担当者も、教科書にこんな裏事情があるとは知らなかったらしく、

「勉強になりました」

 と、感謝されました。

 ここでやめておけば、感動的なネタで終われたはずなのに―。

 芸人の性なのか、・・・またくだらないことを思いついてしまったのです。

 僕の本名は森田嘉宏といいます。

 話は戻りますが、教科書に登場する子供の名前は「アキナ」「ユウカ」「ヒトミ」―なぜか3文字が多いなと思っていました。

「4文字の名前は一度も出てこないのはどうしてですか?『よしひろ』って名前はダメなんですか?」

 聞いてみると、どうやら教科書に記載する文字はできるだけ少なくしたいらしく、4文字は敬遠されるようです。

「1文字ぐらいどうってことないでしょ。一問でもいいですから、よしひろ君も出してくださいよ!」

 とは言ったものの、教科書の改訂は4年に一度しかありません。ほんの冗談で言ったつもりでしたが……。

 なんと、新しい東京書籍の教科書に平成23年度から「よしひろ」君が登場しているのです!

 ・・・

「ありがとうございます~」

 礼を述べる僕に、東京書籍の担当者は満面の笑みで言いました。

「サービスしておきました」