脳の変化する力

脳科学は人格を変えられるか? (文春文庫)

 

生きている限り脳は変化する力があるという話、興味深かったです。

 

P236

 人間の脳には驚くほど、変化する力がある。・・・たとえ非常に高齢でも、人間の脳にはこれまで考えられていたよりはるかに高い柔軟性があることがわかってきた。

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 ・・・人はそれぞれのやり方で恐怖や快楽に反応する。そしてこの・・・反応の根本的な相違によって、人が世界をどう見るかは左右される。この「世界をどう見るか」を変えれば、逆に脳に変化をもたらせることが今、わかってきている。

 ・・・ロンドンの・・・名物の黒塗りタクシー<ブラックキャブ>・・・二万五〇〇〇の道路をひとつ残らず記憶し、頭の中で自在にルートをたどれるかどうか試す<ノリッジ(知識)>という試験を突破した者だけが、ブラックキャブを運転する免許を得られる。・・・

 二〇〇〇年、ロンドン大学認知神経科学科のエレノア・マグワイア教授は、一六人のブラックキャブの運転手の脳をfMRIでスキャンした。そして海馬の後方部が一般の人に比べて著しく肥大していることを発見した。この海馬という組織は、人間だけでなく鳥や他の動物の脳においても、位置把握に密にかかわる部分だ。実験からはさらに驚きの発見があった。海馬の肥大の度合いが、運転手のキャリアに比例していたことだ。運転歴が長いほど海馬は大きくなっていたのだ。

 ・・・これは、経験によって脳の物理的組成にたしかに変化が起きることを示した、有力な証拠といえる。

 さらに強力な裏付け証拠が、プロの音楽家の脳の調査からももたらされている。・・・一分間に何百もの音を要求どおりに正しく奏でる・・・複雑な作業を行う音楽家の脳が、音楽をしない人間の脳とは大きく異なっていることが、高解像度のMRIでスキャンした結果、あきらかになった。複雑な音を聞き分けたり、精密な動きをしたりするのにかかわる脳の複数の領域が、音楽家は非音楽家と比べてはるかに大きくなっていたのだ。

 ・・・研究からは、脳のこうした領域の大きさが、その人の行った練習量に応じて変化することが示されている。練習を多くすれば、これらの領域は脳の中で肥大するのだ。

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 脳の可塑性が発見されたことで、従来考えられていたよりも人間の脳がはるかに柔軟であることがわかってきた。脳は新しい何かにつねに反応しつづけ、人間が生まれた瞬間から死ぬ瞬間まで絶えず何かを学び、変化する。わたしたちの頭の中にあるニューロンの複雑なネットワークや神経線維の経路は、たえまなく何かに反応し、適合し、自身を再配列するのだ。この柔軟性こそがわたしたちに、世界観を変化させるすばらしいチャンスを与えてくれる。