素敵な関係

バレエ漬け (幻冬舎文庫)

ここを読んで、いい夫婦だな〜と思いました(^^)
ハリウッド版「Shall we ダンス?」のワールド・プレミアの時のエピソードです。

P159
 司会者の話が終わり、・・・映画が始まった。
 場内が暗くなった瞬間、どうも私は、緊張したようだ。
 いきなり、変なことが頭をよぎったのだ。
 もしも、こちらのほうが面白かったらどうしよう、と。
 そんなこと、考えたこともなかったのに。
 もしも、そうだったら、私はどんな態度で正ちゃんと接するべきなのだろうか。
 夫が撮影現場に行った時に見てきた出演者の様子や、主演のリチャード・ギアさんが話してくれた、この映画に対しての考えなどは聞いていた。それに、オリジナルそっくりの場面が映し出されていた予告編のビデオも観た。
 しかし正直なところ、この映画の出来上がりについての興味は、強く持っていなかったのだ。
 ・・・
 夫はすでに日本で試写を観ていたが、私には、必要以上の情報を入れないよう配慮してくれていたようだ。淡々としている夫の横で、緊張気味の私は、日本版とは一桁違う製作費で作られたこの映画を、お手並み拝見という気分で観始めた。
 作った本人でもないのに。
 しかし、身内とはこういうものなのだ。
 映画が始まってしばらくすると、役所広司さんと同じ役を演じるリチャード・ギアが、電車の窓から窓辺に佇むジェニファー・ロペスを見つける。
 うそ!そっくり。
 ・・・
「まったく同じじゃん!」
 私は小声で夫にそう囁く。
 表現する場所に身を置く人びとの感性では、他の人の作品をなぞることに価値を置かないところがある。
 天下のハリウッドで創られた、日本映画のリメイクということで、私はもう少し違うものを想像していた。しかし、オリジナルとほとんど同じ、と思えるシーンはぞくぞくと続いていくのだ。
 ・・・だんだんと拍子抜けし、緊張感も解けてきた。そして、映画に観入るようになり、会場にいた人びとと同じように、映画を楽しむようになっていた。
 そして、思ったのだ。こんなに同じものを作らせてしまったなんて、夫はなんとすごい作品を創ったのだ!と。
 オリジナルの撮影の時のことや、アメリカでのプロモーションのことや、『Shall we ダンス?』にまつわるいろいろなことが、走馬灯のように頭に浮かんだ。楽しいこともあったはずだが、それと同じくらい、夫は悔しい思いもしているはずなのだ。
 作品を創るということは、常にそのように、相反するものの板挟みになることだ。そんな思いが甦る。そして、いつも一緒にいたはずの夫が、想像もつかない未知の世界を旅していたのだと気がついた。
 そんなことを考えていたら涙が流れていた。
 ・・・
 クレジット・タイトルが終わり、場内が明るくなる。知らぬままに、淡々と未知の世界を旅していた夫は、上映中に私が浸っていた感傷的な思いなど知る由もない。
 私は涙が止まらないままだ。なぜだかわからないけれど、気持ちも涙腺も全開のままである。
 夫がふと私のほうを見る。
「えっ、泣いてんの?」
 ・・・
「泣くかよ、これで」
 リメイク版で涙を流した私を不満に思ったらしい。
「俺が作った時は、涙なんか流さなかったくせに」
 またまた、口を尖らせる。
「違うんだって」
 私はハンカチで目頭を押さえながら、手のひらを左右に振り、慌てて言い訳をした。
「正ちゃん、すごい」
 そう言ったら、また涙が出てきた。
「だってさ、ここまで同じもの作らせちゃったんだもん」
 今度は彼が目を真ん丸くし、まんざらでもない、という顔に変わった。