馬鹿になって見えてくること

市川海老蔵 眼に見えない大切なもの (Grazia Books)

木村秋則さんが海老蔵さんの舞台を観に行ったときのお話です。

P98
 今日、初めて海老蔵さんの舞台を観させてもらいました。・・・
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 芝居が終わった後、楽屋で海老蔵さんに会いました。まだ化粧をしたままで、その顔を見ていたら、なぜだか汗がどっと噴き出してきたの。私はめったに汗はかかないんです。弘前で会ったときはまったくそんなことはなかった。なのになぜだか汗が止まらない。こんなに汗をかいたのはオノ・ヨーコさんに会ったとき以来です。
 弘前に来たときの海老蔵さんは子どもの顔をしていました。・・・超普通にしゃべれる。ぜんぜん距離感がなかった。
 ところが今日はそれとは・・・180度では足りないくらい違う顔をしていたんです。弘前のときより一回り……なんていうものではないな。二回りも三回りも大きく見えた。・・・海老蔵さんというより、舞台で見た助六がそこにいた。人間ってそういうときは電磁波みたいなものを出しているんじゃないかと思うんです。それに反応して私は汗をかいたんじゃないかな。
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 ・・・私のりんごづくりと同じだなと思いました。人間の都合や合理性のために農薬をたくさん使うようなことになったけれど、本来、植物は土や木の持つ力だけで十分に育つ。それがりんごにとっても人間にとっても地球にとってもいちばんいい。海老蔵さんがやろうとしている演技もそういうものではないのかな。
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 つまり海老蔵さんは歌舞伎馬鹿になったわけだな。私も馬鹿になった。馬鹿になって無農薬・無肥料に突き進んだ。海老蔵さんも、歌舞伎という世界に馬鹿になって突き進んでいっているから、毎日、自分の演技をビデオで観ているんでしょう。私が土や虫を毎日観察したのと同じだな。
 馬鹿にならなかったら気がつかないことがたくさんあるんです。・・・「そんなつまらないことを」ということまで観察していないから見えない。それが見える人にだけ変える力があるんです。海老蔵さんはきっと新しい歌舞伎をやっていける。