心を通わせる

目に見えないけれど、人生でいちばん大切なこと

 すべてのものに心がある、ほんとにそうだなぁと思いつつ読みました。

 

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木村 ・・・こんな話もあります。私の友人のひとりが、クルミの木を大切に育てていましてね。「木村、おまえの言うこと聞いて、おれもクルミの木に『元気に育ってくれよ』とずっと声をかけてきたんだよ」と。

 ところが、そのクルミの木が、十年たつのに一個も実をつけない。

 ある日彼から電話をもらって、私もその木を見に行ったんです。見ると、確かに幹は太く、その段階で実がならないのはおかしいとわかりました。

「この木は、もうだめだから切るしかないな」

「やっぱり、木村もそう思うか」

 二人でそんな会話をしたんですよ。切るならきょうやってしまおうと、私は、早速家へ帰り、チェーンソーを持ってまた戻ってきました。

 チェーンソーのエンジンをかけて、「さあ、いよいよ」という時です。うちの女房から、「急用ができたから、いったん家に帰ってほしい」と連絡が入ったんです。

 私は、用事がすんだらすぐに戻ってくるつもりで、チェーンソーをそこに置いたまま家へ帰りました。でも、すぐ戻ってくるつもりが用事が長引き、翌日もたまたま別の用事ができて、結局、そのまま一年がたってしまいました。

 一年たって、そのクルミの木、どうなっていたと思いますか。もうね、枝がしなるほどたわわに実をつけていたんです。

 クルミの木も、私たちの会話を聞いて「切られたら大変だ!」と焦りを感じて頑張ったんでしょうね(笑)。

 結局、優しい言葉ばかりかけても、だめなこともあるんですね。子育てと一緒です。愛情をかけて甘やかすだけではなく、ときには厳しいことも言うべきなのかもしれません。勉強になりました。

 今でもあのクルミの木の前を通ると思い出します。ああ、こんなに立派な木を、昔、私は切ろうとしたんだな、ごめんなさい、と。

 

鍵山 木村さんのお宅から電話がかかってきて助かった。急用ができたのは、偶然じゃなく、クルミの木が「ちょっと待って」とお願いしたのかもしれませんね。

 

木村 きっとそうですよ。

 すべてのものに心があり、すべてのものは人間の言葉をわかってくれる。

 おかしいかもしれませんが、私はそう信じています。

 ・・・

鍵山 そうですね。私も信じていますよ。

 

木村 今、自然栽培の指導などに行くと、「無農薬栽培では、自分の目と手が、肥料であり農薬です」とよくお話するんです。

 でも、ほんとうは、それだけじゃない。作物との会話もまた、肥料であり農薬の代わりなんじゃないかと思っています。

 

鍵山 田んぼでも、ただ水の中を手でかき回すだけで、稲の色が違ってきます。田んぼのまわりをひとまわりして、見守ってやるだけでも違いますね。

 

木村 はい。作物を育てるには、確かに肥料が必要、そして病気を駆除するには、確かに農薬が必要かもしれません。でも、それ以上のことができるのが、私たち人間の、心なんだと思います。

 ・・・

 ・・・この栽培をやってからわかったんです。どんなものにも心があるんだなと。それに気づかせてもらって、ほんとうによかった。リンゴの木にも、この栽培法にもとても感謝しています。

 ・・・

鍵山 動物や植物だけではなく、物にも心が宿っていると思いませんか。

 とくに、毎日の生活でお世話になっている道具類。感謝の心を込めていつもきれいにしておくと、使いやすくなるのはもちろん、物の寿命がのびるんですね。

 ・・・

木村 ・・・それは私も実感しています。というのも、今使っているトラクターなんですが、なんと六十四歳。私と同い年の同級生なんです。普通六十四年も前のトラクターなど、もう〝鉄くずのかたまり〟といってもおかしくない。けれど、うちのは一度もトラブルもなく、一所懸命仕事をしてくれている。

 ・・・

 ですからもう、かわいくて手放せません。・・・

 

鍵山 愛情を持ったら、物でも機械でもわが子同然ですよね。

 

木村 そうですよ。もともとは、「動かなくなったから」と、よその人に捨てられたトラクターだったんです。それを、私が拾ってきて修理した。私に恩義を感じているんでしょうか。ほんと、よく働いてくれます。

 鍵山さん、今度うちへ遊びにいらした時は、ぜひ見てやってください。