マルノウのひと

マル農のひと

「はたらく動物と」「世界はフムフムで満ちている」がとても面白かったので、金井真紀さんの本を続けて読みました。こちらも興味深かったです。

 どんな内容か、はじめに、にはこのように書かれていました。

 

 道法正徳さんは国内外を縦横無尽に飛びまわり、各地の農家を集めて講習会を開き、技術を伝えているおじさんだ。いわば「流しの農業技術指導員」。

 道法さんが説く農法はあまりにも独特なので、初めて耳にした者は誰しも半信半疑になる。曰く、芽の伸ばし方、枝の切り方、実を摘むタイミングなどを工夫すれば、肥料を一切使わなくても作物は元気に育つ。そのうち農薬も不要になる。穀物もくだものも野菜もおいしくつくることができて、収量も増える。つまりこれは地球環境を守るとともに儲かる農業への道である……。

 道法スタイルは既存の自然栽培や有機栽培とはまったく違う。もちろん肥料や農薬をたっぷり使う昔ながらの農協のやり方とはまるで相容れない。ところが道法さん自身がかつて農協の指導員だったというのだから、はなしは俄然おもしろくなってくる。

「……というね、いかにもあなたが好きそうな変なおっちゃんがいるんやけど。はなしを聞いて本にしたらどうやろ」

 と友人に言われたのは、いまから3年前のこと。・・・

 ・・・

 ・・・わたしがもっとも興味を惹かれたのは、道法さんという人間の特異なあり方だ。道法さんは瀬戸内海に浮かぶ島の農協で仕事をしながら、おそらくこれまで世界中の誰も気づかなかった農法にたどり着いた。この奇跡の最大の理由は、道法さんが「組織のなかにあってひとを見なかった」ことにあるとわたしは睨んでいる。

 道法さんのはなしから、しばしば「組織のモンダイ」という普遍的なテーマが透けて見えた。そのたびにわたしは大喜びでメモをとった。

「組織のなかではな、余計なことをしたらむしろ評価は下がるんじゃ」

「なにかを変えるということは、前任者を否定することになるじゃろ」

「組織っちゅうところでは、みんなの足並みを乱すことが最大の罪じゃ」

 あー、ひどい、バカくさい、おもしろい。げに恐ろしきは組織である。

 ・・・

 わたしははなしを聞きながら、いつも興奮した。これは農業の技術革新のはなしであると同時に、組織のなかにあって真実を見る目が曇らなかった稀有なおっちゃんのはなしだ。なぜ道法さんが組織の愚かさに巻き込まれずに済んだのか。それは道法さんが人間どもの声ではなく植物の声を聞き続けたからだ。

 ・・・

 本書の後半は、道法スタイルの実践者たちを訪ねたレポートになっている。お会いしたのは生産者が4人、大学の先生とワイナリーの経営者と地方公務員がひとりずつ。計7人のそれぞれに農の人生があり、圧倒されるはなしばかりだった。・・・

 変なおっちゃんから連なる先には、やっぱり変なひとたちが生きていた。みんな、この人生で与えられた任務を背負って今日も土の上を歩く。

 

P153

「矢野先生は、道法さんのやり方のどこにピンときたんですか」

 と問うと、矢野先生はふたつの点を挙げてくれた。

 ひとつ目は、樹形。

 ・・・

 道法さんに初めて会った日、矢野先生は自己紹介のあとで山梨のモモの樹のはなしをした。すると道法さんは打てば響くように、「樹がかわいそうじゃろ?」と言った。

「あぁ、このひとは樹の立場に立って考えるんだと思って、すごくうれしかったのをおぼえています」

 ・・・

 ・・・ふたつ目の理由は、「根についてちゃんと考えている点」だ。

「多くのひとは、地上部だけを見て樹が元気かどうかを判断しています。せん定について書かれた文献を見ても、根の生長に触れているものはほとんどない。だけど道法さんは、根を元気にするために芽が出る、と考えている。その視点は重要だと思います」

 

P230

「道法さんのはなしには、お茶を濁す感がぜんぜんなかったんです。初めて納得できるはなしをしてくれるひとに会ったと思いました。ぼくが既存の農学をかじってない、まっさらな状態だったのもよかったと思います。農業の勉強をしてきたひとだと逆に道法さんのはなしをすんなり聞けないこともあるみたいで」

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 道法さんは・・・田舎の人間関係も、農家のメンタルも熟知している。道法さんのアドバイスは、

「農薬は死んでもダメじゃ、なんて言うたら誰もついてこんよ。できるだけ肥料や農薬に頼らないで、収量も増えて品質もよくなる、最終的には儲かる農業じゃと宣伝せにゃ」

 だった。・・・

 ・・・

「道法さんの言い方は、すごくよかったです。農家にとって、いきなり無肥料・無農薬を目指すのは怖いけど、せん定を変えてみよう、肥料を減らしてみようだったらハードルが低い。話術もあるし、下ネタも言うし、みんなどんどん楽しくなっていったと思います」