見方が変わる

こころに響いた、あのひと言

「こころに響いたあのひと言」という本を読みました。
いろんな方がこのテーマでエッセイを書いています。
感動的な話もありましたが、ちょっとした一言で、あれ?と見方が変わるような、そんな文章が印象に残りました。

こちらはイラストレーターの山藤章二さん。
P25
 ・・・NHKのラジオからインタビューしたいとの打診があった。
 ラジオは気が重い。絵の中では饒舌だが当人は至って無口である。どう断ろうかとウツウツとしている私を見てカミさんが言った。
「無口が黙っているとただの無口。ラジオでもテレビでも出て、私は無口です、私は無口ですとくり返し言って、はじめて無口という個性が世間に知られるのよ」
 
こちらは編集者の都築響一さん。
P73
 用意されたホテルはメキシコシティ中心部にある、ひどくお洒落なデザイナーズ・ホテル。当然ながらフィットネス・ルームも完備していたが、二週間ほどになった滞在のうち、そこで顔を合わせるのは、ロンドンから来た売れっ子のファッション・カメラマンただひとりだった。
 高カロリーのメキシコ料理に対抗すべく、毎朝ホテルのまわりを走り回る。それからストレッチや軽いトレーニングをして、朝食というスケジュールができあがり、イギリス人の彼とも自然に話をするようになった。
 メキシコシティの夏は、猛烈に暑い。大気汚染もひどいので、朝とはいえ街中をジョギングしているメキシコ人なんて、ひとりもいない。ハアハア言いながら舗道を走っていると、半分好奇、半分哀れみの目で見られているような気になる。ある朝、汗をかいたあとふたりで朝食をとりながら、「ここって、だれも走ってないじゃない。なんかやりにくいよね」と言ったら、フルーツを食べていた彼は「なんで?」というふうに、こっちを見た。「だれも走ってないから、走りやすいんじゃないか」と無造作に答えると、また慎重にオレンジの皮を剝いている彼を見ながら、僕はしばし考え込んでしまった。そうなんだ、だれもやってないからやりにくいんじゃなくて、だれもやってないから、やりやすいんだ!