一方があるからこそ、もう一方も深く味わえる

国境のない生き方: 私をつくった本と旅 (小学館新書)

闇を知っているからこそ、光も強く感じられる、ほんとにそうだなと思います。

P163
 たとえば、でっかい月が見えている、それだけのことでも「うわあ、こんなきれいな月が見えて、生きてて良かった!」って、自分の中からアウトプットすることで、自分の心のひだとして、インプットできるんだと思うんです。そうやってひとつひとつ、感じて、味わって、そういう中に、一番単純で基本的な生きる喜びみたいなものがある。
 うわあ、月がきれいだ。これだけで、もう、うれしい。
 その感動できるという感情があることがありがたいわけで、それだけでもう、満たされていくものがあるわけです。
 生きてて良かったな。こんな経験できて良かったな。こんな人に会えて良かった。こんな本に、こんな映画に出合えて良かった。いちいち、そう思うんだけれど、でもその一番基本にあるのが、私の場合、わあ、月がきれいだー。
 今、ここにこうして自分が生きているということ、そうして草を見てすごいな、小さな虫を見てすごいなっていう、もう本当にそれだけのことが、自分にとってはすごく大事なことなんです。

P168
 それこそ私は、フィレンツェで、もう自分はここで野たれ死ぬんじゃないか、死んだ方がマシじゃないかっていう人生の底の底を見たけれど、・・・やっぱり、底の底を一度でも見たからこそわかることってあって、だから私の中には両方あるんだと思うんです。
「ああ、月がきれいだ」っていうだけで生きる喜びを感じられる自分と「もう死んだ方がいい」というくらいの不条理な闇を見つめている自分と。一方があるからこそ、もう一方も深く味わえるのだと思います。