心に残るエピソードがいろいろありました。
P3
経営していた会社が倒産したとき、私は還暦をとっくにすぎていた。
・・・
残された人脈を頼りに企業コンサルや医師のゴーストライターなどをやって、しばらく糊口をしのいでいたが、収入は不安定だった。・・・会社の倒産により多大な心労をかけた妻を安心させたいと思い、職探しを始めた。
2000年に新介護制度が発足したとき、新制度の本を何冊かプロデュースしたことがあった。どうせなら、その現場が今どうなっているのか見てみたい。いずれお世話になる身だもの……と思い、新聞チラシの募集広告の中から介護職の一つを選んで応募した。
車椅子を押している小さなカットイラストがあったので、高齢者ホームなのだと思い込んで、面接を受けに行った。それが精神障害者向けグループホームだった。
つまり、「障害者支援員」という職についたのは、崇高な志や理念などとは無縁の、勘違いにすぎなかったわけだ。
P36
「ヒコさんが部屋でおしっこしてるよ!」
また教えてくれたのはヒガシさんだった。彼はやさしく、ほかの利用者のことを気にかけていて、職員にあれこれと教えてくれる。
ヒコさんの部屋に向かうと、開け放たれた自室内の床に大きな水たまりができている。中をのぞくと、敷き布団の上にパンツ一つのヒコさんがあぐらをかいて、
「したった!したった!」(してやった!)
と得意げに言いながら、よく見てみろ、という手振りで水たまりを示す。穏やかなときにはどことなく愛嬌のある彼も、こんなときの仕草はじつに憎らしい。
「あーあ、こんなことして、あとでヒコさんは反省だな。自分のおしっこだから自分で始末しなさいよ。雑巾とバケツは持ってきてあげるから」
・・・
・・・リビングから様子をうかがっていると、ヒコさんがモップを手に取って、床を磨き出した。彼にも悪いことをしているという自覚があるのだなあ。それなら最初から床におしっこなどしなければいいものを。
・・・
・・・ヒコさんは自閉症とされているが、知的能力では特定の分野が突出していた。プロ野球各球団の全選手の背番号やプロフィールを記憶している。選手一人ひとりの顔写真入りのデータをパソコンでプリントアウトし、クリアファイルに分類したものが自室に積み重ねられている。
ほかにスポーツ新聞の山脈もある。これでドラフト情報やシーズン中のトレード、外国人獲得情報を得る。スポーツ新聞は、お母さんが来るときに持ってきてもらう。
さらにタレント情報の収集にも熱心で、タレント、アナウンサー、芸人の顔写真付きサイトをプリントアウトしたものをクリアファイルに入れて保管している。
ヒコさんは毎晩、敷き布団の上に正座し、これらを読んでは整理している。彼にとって命の次に大切なお宝なのだ。だから、逃げるときもそれらの最新版一式を布袋に詰め込んで出ていくことが多い。
あるとき、どれくらい重いのか持ってみた。ゆうに7~8キロはある。これを担いで長距離を歩き続けるのだから、たいへんな体力である。
手がかかることが多いヒコさんだが、私はとりわけ彼のことが気にかかったし、好きでもあった。
ある夜のこと、消灯時間をすぎて事務室で日報を書いていた。するとドアの向こう側に人の気配がする。
誰だろうと思い、立ち上がると、ドアの下の隙間からスルスルと紙切れが入ってきて、ひそやかに足音が遠ざかっていった。紙切れを拾い上げてみる。
いしょに ねてください
絵を描くような独特の文字が書かれていた。ひと目でヒコさんだとわかった。
気になって彼の部屋に行ってみる。
ヒコさんは私が来るのを待っていたようにニタニタと笑った。
その顔を見ると、どんな仕打ちを受けても彼のことを憎めないと思ってしまうのだった。
P101
「……ピ、ピ、ピ、ポーン、午前8時10分20秒をお知らせします……ピ、ピ、ピ、ポーン、午前8時10分30秒をお知らせします……」
ホームからバス停まで200メートルの道のりを、スマホで時報の音声を聞きながら歩いている。私と一緒に歩いているのは「ホームももとせ」の最年長利用者・竹内チエミさんである。
チエミさんは私が勤務し始めたころ、すでに40歳をすぎていた。洋ナシのようなぽっちゃりした体型で、一つひとつの動作がのろく、話し出すと同じことを何度も言って話が止まらない。ホームの仲間とはうまくいかず、もっぱら話し相手は職員である。
・・・
・・・チエミさんは遅刻が多いので、ホームの職員はみんな心配していた。
・・・
今日もチエミさんはバスに十分間に合う時間に1階に降りてきた。私は時計を見ながら余計な言葉を言わず、「お、今なら間に合う。行ってらっしゃい!」と送り出す。彼女は出て行く。玄関からバス停までわずか200メートル。とぼとぼと歩いていく。しかし、すぐ立ち止まる。少し歩いては、また立ち止まる。
・・・
・・・バス停の15メートルほど前でぐずぐずするチエミさんを残して、バスは走り去った。今日もまた遅刻が確定だ。
・・・
職員会議で、竹内チエミさんいついて報告があった。
「とうとう作業所の社長に『これ以上、遅刻するようなら、もう来なくてもいいです』と言われてしまいました」
ホーム長の西島さんが社長に面会を申し入れて、相談しに行くことになった。
じつはチエミさんがどうしてバスに乗り遅れるのか、私はある見当をつけていた。
チエミさんは時計が読める。時刻もわかるので時間の感覚はあるとまわりの人は思っている。たしかに午前9時に出社、12時に昼食、午後4時に退社など大きな時間に沿っての日常生活には支障がない。
けれど何分何秒という細かい時間の感覚はどうなのだろう?
私がそんな疑問を持ったのは、研修で人間の記憶力についての講義を聴いたからだ。
「一口に記憶力といっても、脳の働き方からいえば3種類に分けられます。短期、中期、長期記憶です。長期記憶は何年間も覚えている記憶で、人の顔や歌、昔の思い出などがそうです。短期記憶とは、たとえば電話番号とか、48629など5桁以上の乱数を記憶するような場合で、いったん覚えても30秒くらいで忘れてしまいます。これは脳の働き方が違うからで、別々の能力といってもいいものです」
講師の精神科医が知的障害の説明をする中で、例に引いた話だった。
この話とチエミさんの時間感覚が重なった。脳の働きの違いによって長期記憶、短期記憶があるなら、時間にも大きな時間感覚、小さな時間感覚があるのではないかと思った。
つまり、チエミさんは1時間、2時間という大きな時間の感覚は私たちと同じである。しかし、何十秒、1分という小さな時間の流れは、私たちと違うのではないだろうか?この仮説を前提にしてあることを試してみたくなった。
・・・それが117の時報を聞きながらバス停までチエミさんと一緒に歩くことだった。
「ピ、ピ、ピ、ポーン……午前8時10分50秒をお知らせします……ピ、ピ、ピ、ポーン……」
10秒刻みで知らせてくれる117のお姉さんの声を私の携帯電話でチエミさんと一緒に聞きながらバス停を目指す。こうすることで、小さな時間感覚を体感として知ってもらおうと思ったのだ。
「ハイ、到着です。何秒かかったかな?」
「2分20秒だよ」
2週間これを続けたら、チエミさんがすんなりとバス停にたどり着けるようになった。・・・
・・・
「障害者の心の働きを想像してあれこれ試してみること。うまくいかなかったらまた違う方法を試してみること」と研修で教えられた。たまたまそれがうまくいった。
P121
時間給の非常勤職員として働こうと思ったときから、私は施設内の人間関係を心配していた。新入りとして入れば、多少のパワハラなどもあるだろうと覚悟していたのだ。だから、万一、腹に据えかねることがあったら、言いたいことを言って、またほかを探せばいいと考えていた。そう思わないと行動に移せなかったこともある。
その予想はまったくよい方向に外れた。「ホームももとせ」にはパワハラも、常勤職員による非常勤職員への差別的言動もなかった。
最初、私はホーム長である西島さんの人柄のおかげだと思っていた。たしかに西島さんの人柄はとびきりだった。だが、それだけではなかった。
リビングの壁には「困ったときに相談できる人」として、小川エリア長ともう一人の電話番号を書いた紙が常時貼られている。もう一人はソーシャルワーカーや弁護士で、顔写真付きである。小川エリア長の発案だったという。彼は利用者にも職員にも気を配っていた。
誰がどうやって施設を管理・運営するかで、利用者のすごしやすさだけではなく、職員の働きやすさも大いに変わる。「ホームももとせ」で私はそのことを痛感したのだった。
P142
クボさんの・・・毎日通っている作業所にやってくる障害者の中に若い女性もいる。その人のことを彼は「妻」と呼ぶ。
クボさんの車椅子を押しながら聞いてみた。
「〝妻さん〟と話したことがあるの?」
「おあようっていったら、かえひてくれたよ。あははは」
どうやらあいさつを交わすだけらしい。
「妻がおあようって言うから、僕もおあようって言ったんだ。そしたら妻がニコッて笑ってくえたんだ」
クボさんは楽しそうに話してくれた。
そんなことがあって数日後、作業所の職員から連絡帳を通じてホームに注意が来た。
クボさんの職場には自分用のカップを置く棚があり、クボさんはその若い女性の花柄マグカップの隣に必ず自分のカップを置くのだそうだ。それに気づいた職員が「相手が気持ち悪いと思うかもしれないからやめましょう」と連絡帳を介して注意してきたのだという。
松岡さんと酒井さんはそれを知り「妻だなんて、気持ち悪いわねえ」と言い合っていた。だが、私はクボさんの「妻」を思う気持ちを想像して少し胸が痛んだ。
クボさんが彼女の詩を書いて見せてくれたことがある。
<ぼくが好きなひと あこがれる チューリップのようなひとだ
こころがうれしくなる すてきでいいひとだ>
「花にたとえたのは上手だね。これ、〝妻さん〟にあげるの?」
「あげない」
「どうして?」
「彼女がパニくるといけないから」
小さな感動が私の胸を突き抜けた。
クボさんは自分勝手なストーカーではない。相手のことを思いやっている。しかも注意されてから、「妻」をちゃんと「彼女」と言い替えている。見果てぬ恋だとわかっていて、ささやかに夢を楽しんでいるのだ。
クボさんは与えられた運命とその現実にあらがうことなく、今、生きることを全力で楽しんでいる。
