世界ではじめて人と話した犬ステラ

世界ではじめて人と話した犬 ステラ

 すごく興味深く感動的なお話でした。

 

P15

「バイバイ、ステラ」ダイニングテーブルで朝ごはんを食べながら、わたしは言った。

「ジェイクと楽しんでおいで」

 ジェイクはわたしの婚約者で、ステラのリードを手に持って玄関の脇で待っている。わたしが仕事の準備をするあいだ、ステラと一緒に出かけてビーチか公園で遊ぶのが毎朝の習慣だ。

「行こうか、ステラ」ジェイクが声をかけた。

 ところが、ステラはキッチンから動かない。ちらりと振り向いて玄関を見たあと、わたしと目を合わせた。何を考えているんだろう?いつもなら急いで駆けていくのに。

 ステラは床に置かれたコミュニケーション・ボードに近づいた。ボードの大きさは六十センチ×百二十センチ。そこに並んでいる色とりどりのボタンには、それぞれ言葉が録音されている。ステラは四つのボタンを順番に押した。

「クリスティーナ、来て、遊ぶ、好きだよ」とステラは言った。そしてボードから降り、わたしをもう一度見つめた。

 ジェイクが笑った。わたしも思わず笑みがこぼれた。「一緒に遊びに来てほしいの、ステラ?」

 ステラはしっぽを振った。

 わたしはすぐに靴を履いてコートを着ると、ジェイクの手からリードを受けとった。

 わたしはいま、遊びにいこうと自分の犬に誘われた。これはちょっとしたことじゃない?

 

P60

 ・・・書きあげた幼児の言語能力評価を見返していたとき、ふと思いついた。生後八週間でもうジェスチャーをしているなら、ステラにはほかにも人間の幼児と同じようなコミュニケーション能力があるかもしれない。わたしは「交流」「語用論」「遊び」「言語理解」「言語表現」といった項目の、前言語的な段階の能力を調べてみた。ページを繰っていくとすぐに、どの項目にもステラとの共通点があることに気づいた。ステラと暮らしてたった二日で、わたしはつぎのような項目に気づいていた。

 

・声を上げて注意を引く―ステラはとくに夜、ジェイクとわたしに向かって声を上げる。

・声のしたほうへ顔を向ける―ジェイクとわたしが話しかけると、ステラは振りかえってこちらを見る。

・食べものを期待する―わたしたちがドッグフードの棚に歩いていくと、ステラは容器の横でエサを待っている。

・視点を合わせつづける―ステラは遊んだり、話をしたりしているときに目を合わせる。

・大人と交わろうとする―ステラはかまってもらうために、わたしたちの足元に玩具を落としたり、鳴いたり吠えたりする。

・「おいで」という呼びかけに反応する―脚を叩いたりしゃがんで目線の高さを同じにすると、ステラはこちらに駆けてくる。

・人と一緒にいたいという気持を表す―ステラはあとをどこへでもついてくる。騒音で驚いたときは、わたしのひざに乗る。

・注意を引くために声を出す―ステラは吠えたり鳴いたりして注意を引く。

・話し手を探す―ジェイクとわたしがほかの部屋で話していると、探しにくる。

・保護者とものを取ってくる遊びをする―面白いことに、幼児がはじめて学ぶ遊びのひとつが、ボールのあとを追いかけ、それを親のところへ持っていくゲームだ。ステラも同じ遊びをしていた。遊びの時間の半分ほどは、ボールを追いかけて取ってきて過ごした。

・玩具を試す―ステラは用意された玩具をすべて試した。どれが自分のもので、どれがそうでないかを覚えている。

・行動を要求するためのジェスチャーーステラはお腹を撫でてもらうために寝ころがる。水の容器を前足でつつき、水を注いでほしいと伝える。

 

 こうした些細な行動はどれも、子供の言語発達の指標だ。ステラはここに挙げたすべてのほかに、さらにべつの行動もしていた。それを見て思わず考えた。ステラには言語を学び、使う能力がどれくらいあるのだろう?

 

P66

 見かたさえわかっていれば、コミュニケーションはどこにでもある。大学院に入ってまだ数日というときに受けた、AACの使用法に関する授業でのことだ。教授たちは言語療法のセッションを撮影したショートビデオを見せて、気づいたことを書きだすように学生に指示した。用紙が回収されるとき、わたしは慌てた。何を見なきゃいけなかったの?何を観察すべきだったの?わたしはまだ何もわかっていなかった。・・・その学期の最終日に、教授たちはまた同じ動画を見せた。そして最初のときと同じく、気づいたことをすべて書きださせた。このときは、頭の働きに鉛筆が追いつかないくらいだった。・・・教授たちは学期のはじめに書いた用紙を戻してくれたのだが、そのときまで初回の授業で見たのと同じ動画だということにすら気づかなかった。

 ・・・ 

 ステラの世話を始めた最初の数日は、大学院でのあの最終日のように感じられた。それまでたくさんの子犬と遊んだことがあったが、言語聴覚士になってからははじめてだった。ステラだけが、人間の言語発達に見られる節目と同じものを示したわけではない。知識を習得し、それを毎日の仕事で使っていたため、わたしの見かたが変わったのだ。ステラはすでにあふれるほどのコミュニケーションを行っていた。人間の子供なら、もうすぐ最初の言葉を発すると期待できるくらいに。・・・