つづきです。
P147
ある土曜日の晩遅く、中西部ではよくある、家に遊びにきていた友人たちとの別れの場面があった。中西部の別れでは、実際に帰ると告げるまえに少なくともニ十分から三十分の過程があって、それをもう一度繰りかえし、また最初から話し、それから玄関にたどり着くまでにさらに十分ほどかかる。全員が集まり、すでにさよならのハグを交わしていたが、まだ会話は続いていた。ステラは、わたしたちと遊び、ちやほやされ、普段寝る時間をはるかに過ぎても、まだ起きていた。ステラはカウチから飛びおり、わたしたちの輪のなかに入ってきた。そして全員を見上げ、前足を上げて、「バイバイ」と言った。ステラは振りかえり、友人たちのほうを向いた。
全員が驚いてわたしたちを見て、それからステラを見下ろした。「わたしたちにもう帰ってほしいのね、ステラ。バイバイ」友人のひとりが言った。「犬が『バイバイ』なんて信じられないな。これはすごいよ」とべつの友人が笑いながら言った。
P149
ステラは六つめの言葉、「助けて」を、玩具がカウチの裏に落ちたり、テレビ台の下に転がっていったりしたときなど、一日に何度か言うようになった。はじめは、ただ「助けて」と言うだけでジェスチャーはなかった。それでは助けを必要としていることはわかるものの、ジェイクやわたしが見ていなければ、玩具がどこへ行ってしまったのかはわからなかった。ステラはわたしたちが周囲や、カウチやテレビ台の下を探しているのを見ていた。そして、なくした場所に近づくと隣でしっぽを振った。だがやがて、ステラは自分で「助けて」という言葉とジェスチャーを組み合わせ、探してほしい場所のそばに立つようになった。効率的に玩具を探すには、より多くの情報がいることを学んだのだ。
P178
サンディエゴで暮らしはじめて数週間のころ、引っ越し祝いのパーティをした。呼んだのは週末に訪ねてきた友人のブリッサ、・・・
・・・
週末の終わり、ジェイクとわたしはブリッサを空港へ送っていった。ステラは後部座席に立ち、窓越しにブリッサが建物のなかに消えていくのを見ていた。アパートメントに戻ると、ステラはまっすぐブリッサが寝ていたカウチに向かった。彼女が使っていた毛布と枕のにおいを嗅ぎ、それから「バイバイ」と言い、わたしの目を見上げた。
「そうだよ、ステラ。バイバイしたの」
このときはじめて、ステラがこれから起こることやいま起こっていることではなく、過去に起こったことを話していると気づいた。ステラはある人がここにいたが、もういないという概念を理解しているのだ。・・・
P242
・・・ジェイクとわたしは休暇をとることにした。・・・ステラを預ける数日前、ドッグシッターの若い女性に会ったとき、わたしは持参するものを挙げていった。
「犬小屋とベッド、大好きな毛布、ああそれと……ステラはボタンのついたコミュニケーション・デバイスを持っていて、自分の要求を伝えられるんです」
女性は怪訝そうな顔をした。「ええ、いいですよ。全部置くだけの場所はありますら」
・・・
「バイバイ、ステラ」とわたしは言った。「好きだよ。ジェイクとわたしはすぐに戻ってくるから。楽しく過ごしてね!」ステラの額にキスをして、玄関を出た。ステラを置いていくのはとてもつらかった。わたしたちのいないあいだ、幸せで快適に過ごしてくれればいいのだが。
そこを出て十分後、電話にドッグシッターからのメールが入った。「驚きました。ステラはいま、『クリスティーナ、バイバイ』って言ったんです」わたしはひとりで笑った。わたしが去ったあと、ステラがボードに歩いていってそう言ったときのシッターの顔をその場で見ていたかった。ステラがすでに話していると聞いて嬉しかった。
・・・
最後の晩に、シッターはステラのベッドと玩具、食器を荷造りした。ステラはシッターが自分の持ちものをまとめているのを見て、「ジェイク、クリスティーナ」と言った。シッターが「そう、ジェイクとクリスティーナが帰ってくるよ!」と言うと、その十分後にわたしたちが着くまで、ステラは玄関の脇で待っていたそうだ。・・・ステラは新しい場所で新しい人といるときも、普段どおりに言葉を伝えることができる。これはとても大切なことだ。・・・ステラにはわたしたちがいないときも自分の考えを表現する能力があるのだと知って安心した。
P256
時間の概念と、感情を表す「幸せ」と「怒った」のふたつの言葉を組み合わせることで、また言葉が爆発的に増えた。可能なときに「おしまい」「いま」「あとで」をモデリングしはじめてわずか数日後に、ステラはそれらを自分のフレーズに組みこむようになった。
ある晩、わたしはアパートメントに掃除機をかけていた。ステラは掃除機が嫌いだった。ほかの部屋に走っていき、遠くから顔を覗かせて注意深くわたしを観察していることが多かった。・・・このとき、リビングルームに掃除機をかけはじめて三、四分したところで、ステラはベッドルームからボードのところへ駆けていった。ほとんど目も合わさず、掃除機を避けるように、わたしの横をすっとすり抜けた。
「おしまい、おしまい」ステラは言った。
わたしは掃除機を止めた。
ステラはしっぽを振った。耳は頭の後ろにまっすぐ倒れている。「幸せ」とステラは言った。
「あら、おしまいになって幸せ?いいね、ステラ。いい子だね」わたしはステラを撫で、クローゼットに掃除機をしまった。続きはジェイクが散歩に連れていったあとでいい。
これ以降、ステラはジェイクやわたしに何かをやめてほしいときに「おしまい」と言うことが増えた。・・・わたしが電話で話していると、かなりうるさく話すようになった。「おしまい」と繰りかえし言って、その代わりにしてほしいことを伝えた。これは幼児との取り組みでも毎日のように起こることだ。親とわたしがセッションのあとで長く話していると、子供は懸命にわたしたちの関心を引こうとする。頻繫に「おしまい」と言うのを見ていると、ステラはほかにもわたしたちに指示したいことがあるのではないかと思えた。
P272
・・・ジェイクとわたしは週末、ジェイクの友人たちのところで過ごした。大勢の人がいるリビングルームに入ると、ステラはひとりひとりのところへ走っていって挨拶をした。・・・
・・・「ステラ、こっちに来て」わたしもステラを撫でたかった。
ステラはわたしをちらりと見て、ボードのほうへ行った。
「クリスティーナ、あとで」
わたしは愕然とした。ジェイクは大笑いした。わたしたちの犬は、いまはわたしではなく新しい友達と遊んでいたいと言ったのだ。