楽しい!2拠点生活

楽しい!2拠点生活

 いろんな暮らし方、考え方が紹介されていて、視野が広がりました。

 

 こちらは3拠点生活をしている佐々木俊尚さん。

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 私は現在、東京・長野・福井という3つの家を移動しながら暮らすというライフスタイルを実践しています。

 最初のきっかけは、東日本大震災でした。私は東京でフリーランスのジャーナリスト、妻も同じくフリーでイラストの仕事をしているのですが、結婚して以来これまでずっと夫婦とも自宅を仕事場に兼ねてきました。・・・どこかにもう1カ所、拠点を構えることにしようと考えたのです。・・・最終的に決めたのは長野県軽井沢町でした。

 軽井沢は東京から新幹線で約1時間あまり、・・・近さに加え、・・・生活の利便性がきわめて高いというのが、ここに決めた理由でした。・・・

 さて、では3拠点目の福井になぜ家を借りることになったのか。私は10年ほど前の取材をきっかけに、福井県内に多くの知人や友人を持つようになり、いつしか妻も同行して年に1、2度は福井に遊びに行くようになっていました。そういう関係の中で昨年から妻が福井の友人と組み、陶芸に新たに取り組むようになったのです。だったら工房も構えたほうが制作活動をしやすいのでは、ということに話が進み、福井県越前町にある「越前陶芸村」という施設の中にある家を借りることになったのです。

 その後、・・・友人のつてで、若狭湾の沿岸にある美浜町に転居し、今は海辺の古民家を借りて滞在しています。

 このようにして3拠点生活を始めてみると、面白い気づきがいくつかありました。

 おそらく多くの人にとっての最初のハードルとなるであろうことは、初期コストの高さです。家賃そのものは地方であればそれほど高くはありません。軽井沢は別荘地なのでそこそこの賃料が必要ですが、福井の地方都市だと一軒家を借りても月額2~5万円程度です。・・・

 多拠点生活で家賃よりも問題なのは、家具や家電、日用雑貨です。冷蔵庫や洗濯機、電子レンジなどの家電製品に加え、机や椅子、ダイニングテーブルといった家具も必要になってくる。リサイクルショップなどで安く購入したり、知人のつてで無料でもらい受けたりする方法もありますが、それなりの手間はかかります。

 加えて日用雑貨。・・・

 ・・・「あっこれがない……」と気づくたびに、近所のホームセンターに買いに行くというくり返しです。そうやって徐々に多拠点生活を完成させていったのです。

 ・・・

 ・・・3拠点のような移動生活では、都市の人間関係と地方の人間関係のバランスも考えなければならない。

 どういうことかというと、多拠点で暮らすということは、ひとつのコミュニティに没入してしまわない選択をするということでもあるからです。完全な都会人ではなく、かといって地方の伝統的な共同体に没入するのでもない。移動しながら、それぞれのコミュニティに半身を入れて暮らしていくというのがバランスのよい生き方ではないか。長く移動生活をしていて、わたしはそう考えるようになりました。

 そのようなスタイルでは、都会の言語と地方の言語の双方を話せる必要があります。「それどちらも日本語ではないの?」と思う人もいるでしょうが、都会と地方では同じ日本語であっても、コミュニケーションのスタイルや相手との距離の取り方などがかなり異なっているのです。そのあたりの認識なしに、都会から移住した人が地方の人とコミュニケーションを取ろうとすると「冷たい」「ドライすぎる」と思われたりするし、逆に地方の言語でいきなり都会人に話しかけると「なんだかいきなり迫られてきて怖い」とびっくりされます。

 農業や漁業などの一次産業が中心の地域で暮らしていると、人と人の間合いはかなり親密です。たいていの家は玄関が引き戸で、昼間の在宅中はカギなんかかけてない。下手をすると呼び鈴さえなかったりするので、訪問した人はいきなり引き戸をガラリと開けて「いる~?」と大声をかけるのが普通です。

 さらに地方の共同体では、貨幣経済だけでなく互酬経済がきちんと残っていることもわたしは学びました。モノをあげたり、いろいろな無償奉仕をしてあげたりすると、そこにはそこはかとない貸し借りが生まれる。この貸し借りの帳尻を合わせすぎず、貸し借り=負債を消えてなくさないことが、関係の持続につながるのです。このようにして地方の共同体が維持されていると言っていいでしょう。

 ここが理解できないと、都会からやってきた人が相手からの「借り」に対して貨幣で返そうとしたり、すぐに別の奉仕で返して帳尻を合わせようとしてしまい、「なんかドライやなあ」と思われてしまうのです。逆に都会人からみると、このような地方の関係性は時に息苦しく感じることもあるでしょう。その両方の言語を知って、相手を見ながらバランスを取ることが大切です。

 ・・・

 最後に、多拠点生活の先に見えてきそうな未来の地平について考えてみましょう。わたしは近年、「ヒッピー」というライフスタイルに注目しています。・・・

 ・・・たとえば熊本県に「エコビレッジ・サイハテ」というヒッピーコミューンがあります。ここには30人ぐらいが住んでいて、家族で移住してきて、幼児もいるし、年配の人もいます。

 サイハテは、昔のヒッピーコミューンとはかなり異なっています。昔のヒッピーはどちらかといえば都会を逃れた隠遁生活者であり、周囲の農村などとは隔絶して自給自足生活をいとなんでいました。・・・

 しかしこういう自給自足には、実は持続性が欠如していた。なぜかといえば閉鎖的な集団生活では人間関係が狭く、このため同調圧力が高まって、容易にケンカやいじめに発展してしまう。それで分裂してしまったり、そうでなければひたすら同調圧力を高めていった結果、宗教団体のようになってしまったケースもありました。

 ところがサイハテのような新しいコミューンでは、人間関係が完全にオープンです。インターネットにつながっていて、メンバーはSNSを駆使している。自給自足ではなく、それどころか日々の半分ぐらいは外に出て、福岡や東京で仕事したりしているのです。そうして稼いだお金でサイハテに戻ってきて、好きなことを存分に楽しむ。

 ・・・

 サイハテの主宰者でありわたしの友人である工藤シンクは、自給自足についてこう言っています。「オレらは自給自足なんか目指さない。米作りました野菜作りましたという点では、そりゃ確かに自給自足してるんだけど、米と野菜だけでは生活は楽しくないよね。やっぱり娯楽も欲しいし、パーティーとかにも出たいし、旅行とかへも行きたいじゃない。そのときに自給自足しているからいろいろ我慢するのは、おかしいんじゃねえ?だったら、オレらはいろんなスキルを持ってる。そのスキルを外に向かって提供したほうがいいんじゃないかな。周辺の村はおじいさんおばあさんだらけで、野菜の収穫の手が欲しい、田植えの手が欲しいって言われる。だったら手伝いに行って、その代わりに野菜もらってくればいい。おじいさんおばあさんがどっかスーパーに買いに行きたい、そしたらクルマ出してあげて、帰りに手間賃をもらう」

 つまり自分のスキルと外のスキルを交換しながら、閉鎖的な世界の中で生きるのではなく、自分たちの持っている力をオープンに広げ、それをネットワーク化して生きていくというやり方を探っているのです。わたしはこれが新しいヒッピーの哲学だと感じ、たいへん共感しています。

 なぜなら、これはヒッピーの哲学であるだけではありません。わたしたち一般社会の生き方も狭い世界の中だけで暮らすのではなく、自分たちの持っているいろいろなものを外部の人たちと交換するような世界へと変容しつつあるのではないかと思うからです。それは単なる物々交換や貨幣経済ではない、「リスペクトの交換」といえるものでしょう。

 ・・・そういう信頼感を基調としたネットワーク化された世界で生きていく。これこそが、これからの安定ではないかと思うのです。・・・