娘から見た野際陽子さん。あったかい気持ちになったり、え~?!というエピソードに笑ったり、楽しく読みました。
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本人はきわめて普通に振る舞っているつもりなのになんとなくおかしい、不思議な特有の波長―つまり天性の〝陽のオーラ〟のようなものが母にはあって、それが周囲の人たちを巻き込み、その場を支配してしまうという感じだったのではないでしょうか。
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NHK時代からずっと昵懇の間柄でいて頂いた黒柳徹子さんの番組「徹子の部屋」(テレビ朝日系)で、母が何度も話したエピソードは、その〝代表作〟でしょう。母はこの番組に20回以上も出演させて頂きましたが、
「ねえ、またあの泥棒のお話しして下さる?私、あのお話、大好きなの」
黒柳さんのリクエストにお応えして、何度もこの珍事件を振り返っています。
NHKへ入局後、名古屋放送局に赴任し、局が借り上げているアパートに住んでいた母の部屋へ、ある給料日の晩、強盗が押し入りました。マスクで顔を隠した男に包丁を突きつけられ、「キャーッ」と母はものすごい悲鳴を上げました。
とっさに「騒ぐと殺される」と思った母は、最初の一声だけで叫ぶのをやめて、ガタガタ震えながら「何が欲しいの」と尋ねました。「金だ」と当然の返答。そりゃあそうだろうと思いながら何かしゃべっていないと怖いので、「いくら欲しいの」と母は質問を続けました。
母のペースに引き込まれかけたのか、強盗は「有り金全部だ」と決まり文句は言わずに、「200円」と控えめな希望を明らかにしました。現在の5千円くらいに当たります。
「あ~、200円なら助かった」と少し冷静さを取り戻した母は、頭の中で、もらったばかりの給料袋には1万3千円余りが入っていて、細かい200円は財布の中にもないことに気づき、男に問いかけました。
「千円札しかないから、お釣りくれる?」
そういうおかしなことを言うから、強盗のほうもますます調子が狂って、ガタガタ言わずに千円寄越せ、と凄むべきところを、
「800円あるくらいなら、200円寄こせって言うか」
と、コントみたいなマイ突っ込みをしてしまいました。母は、この泥棒、頭はいいんだなと感心したそうです。その感想も少しズレているとは思いますが。
とにかく命は大丈夫そうだと思った途端、今度はケチ全開になり、少しでも安く済ませたいと必死になって、
「じゃあ、もうすぐ誰か局から帰って来るから、200円借りて、あなたにあげる。あなたのことは絶対に言わないから」
頭のいい泥棒は、信用出来ないとこれを却下し、「それなら一緒にこれからタバコ屋に行って千円札を崩そう」という母のさらに驚くべきプレゼンにも取り合いません。
ここで恐ろしさが限界を超えた母はわっと泣き出し、無我夢中で訴えました。
「どうしてこんなことするの。私、こんな怖い目に遭ったの初めてよ」
「オレだって、こんなことするの初めてだ」
これで強盗の態度が変わりました。女房が子どもを置いて出て行った。子どもはシャツ1枚で震えている、シャツを買ってやりたかったのだ、と涙ながらに語り出したかと思うと、マスクをガバッと外し、母の手を取って頭を下げ、懇願したというのです。
「ネエさん、オレをサツに突き出してくれ」
「いやいやいや、まだあなたは何も取ってないでしょ。サツがどこにあるか、私、知らないし」
立場が完全に逆転しました。結局、強盗が母から千円借りる、ということで話がまとまり、強盗はおとなしく帰っていったのです。
後日、局の野際陽子宛てに手紙が届き、「この間はすみません、働いてお返しします、心のやさしい姐さんへ、後悔している悪魔より」と書いてありましたが、全然お金は返ってなんかこないし、「悪魔」ってなんですか、だいたい「姐さん」というのがどうも気に入らない―というのがこのエピソードのオチです。
あの時の悲鳴だけは芝居に生かしたくてもどうやっても出せないとも、よく母は言っていました。
ただし、「徹子の部屋」の他でも、このお話は度々披露しており、あんまり何度も何度も話しているうちに、自然に細部に磨きがかかり、盛ったり脚色したりもしたのでしょうか。
「野際さんのあの話、聞く度におもしろくなってるんだよなあ」
そんな声もあったことを付け加えておきます。