酒を食べる

酒を食べる-エチオピアのデラシャを事例として

 え?というタイトルで思わず手にとってしまいました。

 著者は現地でフィールドワークをされた訳ですが、私から見るとかなり過酷な環境で(実際現地の方に止めといた方がいいと説得される場面も)、若い女性がよく・・・とびっくりしてしまいました。

 

P20

 デラシャ社会には、酒を食事とする以外にも、とてもユニークな農法や穀物の貯蔵方法があった。そうした研究の糸口となったのはデラシャの酒文化であり、いつしか私は地酒を農業と文化の接点として捉えるようになっていった。デラシャ地域のように食=酒となっている社会はきわめて珍しいが、世界には酒を食事の一部とする食文化は世界各地に存在する。・・・

 

P32

 酒の用途は多岐にわたる。しかし、これらの薬、娯楽、宗教、報酬、富の分配、関係性の継続や明示、権力の誇示といった用途が世界各地で残っているのに対し、食事という用途をもつ地域はきわめてかぎられてる。ただし、酒が食事とされてこなかったわけではない。

 ビールは中世まではヨーロッパの広い地域で食事として飲まれていた。・・・古代エジプトで生まれたビールは、もともとはパンづくりの失敗の末に生まれたものとされており、現在のビールよりも固形に近い状態のものがカロリー源として飲まれていた。それよりも時代が進み中世ヨーロッパでは、ゲルマン民族から伝わった方法により各家庭で自家用ビールが醸造されており、ビールは酒というよりは主要な栄養源の一つとなっていった。・・・当時のビールは、現代のビールと異なり、未精製でアルコール度数も低い飲み物であった。中世後期におけるヨーロッパのビール地帯におけるビール消費量はビールを食事としていたため大量だったとされている。・・・また中世において避けるべき飲み物は生水であり、人間にとって有害なものとみなされていた。下水設備がない中世において井戸水は、チフスコレラの感染源であった。危険な井戸水に比べてビールは発酵の過程である程度滅菌されており、肝臓への負担を除けば、非常に安全な飲み物だった。・・・イギリスにおいてもビールは大衆的な飲み物で、一九世紀初期に紅茶やコーヒーが普及するまで、ビールは朝食時の飲み物だった。・・・

 

P72

 エチオピア人にデラシャの印象を尋ねると、まずあがるのが「いつも酒を飲んでいる人たち」という返答が多い。しかし、これは誤解であると私は思う。パルショータは、デラシャにとって「酒」ではなく「主食」なのである。・・・

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 ある日、私は近所に暮らす三〇代の男性S氏と結婚式に出掛けた。S氏は、はじめ「おいしい!肉を食べるのは、ほぼ半年ぶりだ。この時期は肉が食べられるから最高だな」と言って、インジェラにかぶりついていたが、徐々に食べる早さが遅くなり、「もう無理。あげるよ」と私に料理を押し付けてきた。私は、「いや!私も無理。お腹いっぱい。インジェラは胃の中で膨れるから、あんまり食べられない。肉は半年ぶりなんでしょ。半年分の肉を詰め込みなよ!」と勧めた。するとS氏は満腹のあまり虚ろな目をしながら、「僕たちは普段はそんなに〝噛む〟食事をしないから、(インジェラや肉を)そんなにたくさん食べることはできないんだよ。もう、お腹一杯だよ」と訴えてきた。私はそれもそうかと思い、「しょうがないなー。じゃあ、お皿をそこに置いといて。食べられる分だけ食べるから」と答えると、彼は、「ありがとう。口をすすいで来るね」と言って席を離れた。しばらくは気にせずに黙々とインジェラを食べていたが、さすがにお腹がいっぱいになってくると、S氏が戻ってこないことが気になりだした。・・・男性用のパルショータ飲酒スペースを覗いてみたところ、ごくごくとジョッキに入ったパルショータを飲み干すS氏を発見した。私は思わず、「お腹一杯って言ったじゃない!パルショータを飲める余裕があるなら、滅多に食べられないインジェラと肉を食べなよ。意味が解らないよ!」と言うと、・・・S氏は「えー。パルショータは別腹だよ」と答えた。さらに、S氏が言うには、「僕たちは噛む料理を普段は食べないから、あんまり量は食べることはできないんだよ。でも、美味しいパルショータはするすると喉を下っていくので、どれだけでも飲むことができるよ」ということであった。・・・

 

P169

 ・・・食料の消失を防いできたのがポロタである。ポロタは地下貯蔵穴であるため、焼失することはない。さらに、ポロタがつくられている場所には目印がないため、同じ村の住人でもないかぎり、どこにポロタがあるのかわからない。そのため、盗難にも遭わない。・・・

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 デラシャにとって、ポロタをもつことはパルショータを確保するうえでも、独立したと認められるためにも重要である。・・・

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 ・・・ポロタをもてない間は凶作年への備えがない。通常は、親や親族が穀物を分け与えるが、数年間も深刻な凶作が続いてしまうと、親や親族にも援助する余裕がなくなってしまう。そのようなときは、余剰のポロタをもつ者たちが、ポロタを開けて無利子・無期限でモロコシを貸与してくれる。多くのポロタをもつ人は、アパオラ〔apaora老齢の場合ショルギア(偉大な老人)と呼ぶこともある〕と呼ばれている。

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 二〇世紀にエチオピア全土で数万人の死者を出した大飢饉が二回も起こっているが、生産性が低いとされるデラシャでは、このとき一人の餓死者も出なかった。かれらは、ポロタという優れた貯蔵システムが基幹穀物を守り、穀物から醸造酒をつくるという食文化によって総合食品をつくりだしていたのである。・・・

 

P190

 ・・・デラシャの食事は主食と副食に分けることができない。かれらは日常的にはほぼパルショータしか食べない。この発酵食品を、主要なエネルギー源とし、すべての栄養の供給源にしているのである。

 かれらが暮らす過酷な生態・社会環境がこのような食文化を創り出したのかもしれないが、そこには、極限的に少ない作物種を省力的に育て、そのわずかな糧をパルショータという濁酒に濃縮することで、上述した主食と副食に求められるすべての要素を満たしているのであろう。・・・

 

 

 ところで3日間ほどブログをお休みします。

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