こといづ

こといづ

 「あるんだから」「肩書きはその人なりの喜びが書いてあったほうがしっくりくる」「どうやったら自分の天才は喜ぶのか」・・・など、たくさん印象に残る言葉がありました。

 

P4

 2012年春から2018年夏まで、6年間、月刊誌『ソトコト』に掲載された77篇のエッセイを極力こぼさずに一冊にまとめたものが本書になります。

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 6年間の間にいろいろありましたが、やはり山間の小さな村に引っ越したのがなによりの転機だったと思います。目まぐるしく生きる自然や心豊かな人たちに囲まれて、僕の頭の中も、自分の何かを表に出したいというよりも、やってくるものをきちんと受け止めたいというふうに変わっていったと思います。

 この本にもよく出てくる86歳のハマちゃんがよく言います。「あるんだから」。そう、あるんだから。ついつい、あれがあったらなあ、ここがこういう場所だったらなあと、ない物ねだりをしてしまいますが、目の前にいっぱいある、あふれるようにあるものごとにこそ気づいて、一緒に楽しく心安く暮らしていけるだけで、だいたいいつも幸せでいられるのだなと知りました。

 

P22

 ・・・例えば、皆が欲しがるような何かが目の前に差し出された時、我先に手に入れることに喜びを感じる人もいれば、自分以外のほんとうに欲しがっている人が手に入れることに喜びを感じる人もいる。もしかしたら、誰の手にも入らないことに喜びを感じる人もいるかもしれない。どれが正しいとか美しいという話ではなくて、そこにはいろんな種類の喜びがあるという話。

 世の中には、いろんな職業がある。僕だったら、「音楽家/映像作家」が肩書きだ。だけど、僕自身が、世の中に即してどうある人なのかを説明するのに、しっくりくる言葉ではない気がする。子どもの頃から何十年もかけて、その人なりの喜びを受け取る道をひたすら歩んできたのだから、きっと、ほんとうのプロフェッショナル、肩書きは、「音楽家」みたいな職種の名前などではなく、その人なりの喜びが書いてあったほうがしっくりくる気がする。

〝三つ子の魂〟が育て上げた、喜びを受け取る能力を、あの人もこの人も持っている。だれもかれも、子どもの頃があったのだと、そんな視線で世の中を見られると、ほっと穏やかな気持ちになる。

 

P26

 ・・・「普段は出てこないけれど、いざとなったら出てくる自分の才能」、これに対して、あっぱれ!と信じて、当てにするのがいいです。どんなにすばらしい才能を持った人でも、その才能が常にいつでも出てくるものじゃないことを知っています。自分が気持ちよく解放された瞬間だとか、誰かの想いを受け止められた、風を切るように走れた、いいアイデアが思いついた、大きな声が出たなど、思いもよらなかった自分の能力を味わえた最高の瞬間って、皆それぞれたくさん持っていると思っています。

 自分の天才を外に出すこと。どうやったら、この天才が生み出す素晴らしい何かをきちんと表に出せるのだろうか。悩むのだったら、その部分に対してきちんと悩んで、あとは悩まなくてもいいと思っています。

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 まるで、釣りと同じ感覚です。豊かなものは、もうそこにあるのだから、あとはどうやったら釣り上げられるのか。乱暴に釣り上げることだってできますが、同じ漁でも、いろいろ知って、魚を喜ばせたい。魚が喜んでくれたら、実りはきっともたらされます。あとはもう感謝していただくしかありません。

 どうやったら自分が喜ぶのかより、どうやったら自分の天才は喜ぶのか。そこに想いを巡らすと楽しくなります。なかなかうまく進めない時は、天才を喜ばす経験が足りていないのかもしれない。あれこれ悩むより、一歩、「今の自分」の外に出て、自分の中の天才を喜ばすあれこれに出会う旅に出たいものです。

 

P112

『しょうぶ学園』の音楽集団「otto&orabu」と、この1年、何度か一緒に奏でましたが、先ほどありがとうのお手紙が届きました。そこにこんな素敵なことが書いてありました。

「淡路島では、再びご一緒させていただくことができてとてもうれしく思います。メンバー(知的障がいがある演奏者)もスタッフも、高木さんと打ち解けてとても楽しそうでした。こちらへ戻って数日し、メンバーと会った際に『ライブ楽しかった?』と聞きました。『うん。今日のお昼は○○だよ』と返ってきました。ほとんどのメンバーが、今のこと、もしくはほんの少し先のこと(数時間後のお昼ごはんとか)。私たちはつい、思い出にして懐かしんだり、振り返ってみたり、キレイにしたり、反省したりしますが、メンバーはやっぱり『今』なんだなと改めて感じた出来事でした。

 時間は常に流れ、ただ過ぎていき、その瞬間だけがあること、どんな瞬間もかけがえがないなあと思います」

 

P216

 村の集まりで男たちだけで酒を交わした。「かっちゃん、村おこしとか、そういうのはここではもういいんや。ここだけは別でいいんや。わかるか。今おるわしらが機嫌ようやっていこうやないか。機嫌よう毎日やってるのが一番ええ」。そう、機嫌よく。自分を機嫌よく。毎朝、目覚める度に、まるであたらしい朝だということに気づいてあげられれば、自分を歓ばせてあげられれば、極楽は目の前にある。

 ハマちゃんの口癖、「あるんだから」。そう、あるんだから。すでにあるんだから。