水中考古学は何よりも楽しい

沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う (新潮文庫 や 88-1)

 こんなに夢中になれるって幸せだなあと、こちらまでニコニコしてしまいました。

 

P89

 大学院ではもう一つ大切な出会いがあった。ブラジル人留学生のロドリゴだ。・・・

 彼は私よりも9歳年上のブラジル人だ。優秀な学生に支払われるフルブライト奨学金を勝ち取り、私が修士課程に入った1年後の2010年に博士過程の学生として入ってきた。ロドリゴはいつでもニコニコ、発掘現場の全てを楽しみながら、しっかりと成果も出していた。

 彼と出会うまで、私は勉強方法に効率は求めながらも、どこかで「成功するためには努力しなければならない。今努力をすればその分だけ将来が明るくなる」と考えていた。

 いつだったかは覚えていないが(おそらく彼とお酒を飲んでいた時だろう)、そんなことを彼に話した。すると彼は「しっかりやれば、努力をしながらも楽しむことはできるはずだよ。どちらか一方だけを選択するものではないし、なにより今日を楽しみながらやらないと損だよ」と言った。

 彼の生き方を聞いた後、私はただひたすら努力するのではなく、なるべくその時その瞬間を楽しむように心掛けた。心掛けたというよりは「心を解放した」といった方がいいのかもしれない。

 この本を書いている2024年現在、私はいろいろな国の現場で働かせていただけるようになっている。私の依頼主は各国の政府や大学で働く著名な水中考古学者達なのだが、皆から言われるのが、「君が誰よりも楽しそうに仕事をしているから、見ていてこっちまで楽しくなる」ということだ。

 ただ、私は無理に作り笑顔をしているわけではなく、ロドリゴのように全力で楽しむようにしているだけだ。水中考古学は何よりも楽しい!だから単純に楽しくなっているのだ。

 

P115

 こうしたプロジェクトの依頼はどのように舞い込むのか。

 私の場合、まず各国の政府の考古学研究機関や博物館、大学の学術調査のみを受けることにしている。理由はただ一つ。しっかりと研究を行える学術調査が楽しいからだ。

「学術調査以外に考古学者がかかわる発掘案件なんてあるの?」と不思議に思う方もいるかもしれないが、世界中の考古学の発掘調査の90%以上が、建設工事などに伴って行われるものなのだ。

 ・・・

 学術調査の場合、どこかで重要な遺跡が発見されたとの報告が研究機関に届くと、まずその機関が国や地域に関わる重要な遺跡かどうか判断するため、事前調査を行う。その後、政府や財団へ発掘研究費を申請、それが通ると調査チームを発足させる。私への調査参加オファーはこの段階で連絡が来る。・・・

 ・・・

 気になる報酬だが、これが値段設定でいつも頭を悩ませる。なぜかというと、私は日本よりも遥かに物価が高いフィンランドデンマークからも、逆に物価のかなり低いコロンビアやクロアチアなどからも依頼を受ける。なので値段設定を均一にできないのだ。

 そこで日本やアメリカからの依頼を100とすると、フィンランドデンマークからの依頼を150~200、クロアチアやコロンビアなどの国からは30~50で引き受け、コスタリカミクロネシア連邦などからは場合によっては10~20で引き受けることもある。日本やアメリカからの依頼だけを引き受けていれば、生活に困らない程度の報酬を得ることができる。フィンランドデンマークなどからの依頼を受けた時は万々歳だ。ただこうした先進国の多くは水中考古学がすでに盛んで、なかなか新しい未発掘の沈没船の学術研究はない。逆にクロアチアやコロンビアなどは報酬こそ低いが、これから研究がスタートする段階の調査が満載なのである。だから、依頼を拒否するという選択肢はない。

 それに、通常は飛行機代と食事、宿泊施設を依頼主が報酬とは別に用意してくれる。そのため発掘プロジェクトに参加している最中、私自身の支出は実に少ない。ただ、金銭的余裕ができるとすぐに高額な学術文献を買ってしまうので、自慢ではないが生活はかなりキツキツである。

 それでも、私の毎日は楽しい。なぜなら、「少ない給料で働いている」でなく「無料で海外旅行をしつつ、さらに小遣いも貰っている」と考えているからだ。これほどラッキーな職業はないと思っている。