バッタを倒しにアフリカへ

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

 出版された当初、平積みになっているのを面白そうだな~と横目で見つつ、読みそびれていました(;^_^A

 一緒に冒険しているような気分になって、面白かったです。

 

P259

 ・・・32歳の冬。少年の頃からの夢を追った代償は、無収入だった。研究費と生活費が保障された2年間が終わろうとしているのに、来年度以降の収入源が決まっていなかった。・・・

 なぜ、こんなことになってしまったのか。理由はわかっていた。就職活動を一切していなかったからだ。アフリカで大活躍したら研究機関から自動的にお声がかかると淡い期待を抱いていたが、うまくいかなかった。

 ・・・

 バッタさえ大発生していたら……、手柄さえ立てていれば……、今ここで「たられば」を言おうが、弱者は実力社会では消え去る運命。自然も世間も甘くはない。・・・どこかによい研究ポジションの募集が出ていないかチェックはしていたが、ここぞというところを見つけることができず、・・・

 今後、私がとるべき道は二つ。日本に帰って給料をもらいながら別の昆虫を研究するか、もしくは、このまま無収入になってもアフリカに残ってバッタ研究を続けるか、決断のときが迫っていた。

 ・・・

 ・・・こんなときは頼れる人に相談すれば、気が晴れるはずだ。さっそく、所長室を訪れた。

 ババ所長は、私の行く末をずっと気にかけてくださっていた。

「なぜ日本はコータローを支援しないんだ?こんなにヤル気があり、しかも論文もたくさんもっていて就職できないなんて。バッタの被害が出たとき、日本政府は数億円も援助してくれるのに、なぜ日本の若い研究者には支援しないのか?・・・」

 大げさに評価してくれているのはわかっていたが、自分の存在価値を見出してくれる人が一人でもいてくれることは、大きな救いになった。

「・・・今、バッタ研究に求められているのは、私のようなフィールドワーカーが現地に長期滞在し研究することで、その価値は決して低くないと信じています。・・・

 ・・・私はどうしてもバッタの研究を続けたい。おこがましいですが、こんなにも楽しんでバッタ研究をやれて、しかもこの若さで研究者としてのバックグラウンドを兼ね備えた者は二度と現れないかもしれない。私が人類にとってラストチャンスになるかもしれないのです。研究所に大きな予算を持ってこられず申し訳ないのですが、どうか今年も研究所に置かせてください」

 悲劇のヒーローを演じるつもりはないが、誰か一人くらいバッタ研究に人生を捧げる本気の研究者がいなければ、いつまで経ってもバッタ問題は解決できない気がしていた。幸い私は、バッタ研究を問答無用で楽しんでやれている。それに、自分自身が秘めている可能性の大きさを信じている。自分のふがいないところを全部ひっくるめても、自分が成し得ることの価値を考えたら、バッタ研究を続けることはもはや使命だ。

 ・・・

「いいかコータロー。つらいときは自分よりも恵まれている人を見るな。みじめな思いをするだけだ。つらいときこそ自分よりも恵まれていない人を見て、自分がいかに恵まれているかに感謝するんだ。嫉妬は人を狂わす。お前は無収入になっても何も心配する必要はない。研究所は引き続きサポートするし、私は必ずお前が成功すると確信している。ただちょっと時間がかかっているだけだ。

 肩をがっつり叩いて励ましてくれた。

 励ましソングとして知られる、坂本九が唄う「上を向いて歩こう」。

 ・・・

 上を向けば涙はこぼれないかもしれない。しかし、上を向くその目には、自分よりも恵まれている人や幸せそうな人たちが映る。その瞬間、己の不幸を呪い、より一層みじめな思いをすることになる。私も不幸な状況にいるが、自分より恵まれていない人は世界には大勢いる。その人たちよりも自分が先に嘆くなんて、軟弱もいいところだ。これからつらいときは、涙がこぼれてもいいから、下を向き自分の幸せを嚙みしめることにしよう。

 そうか、無収入なんか悩みのうちに入らない気になってきた。むしろ、私の悲惨な姿をさらけ出し、社的底辺の男がいることを知ってもらえたら、多くの人が幸せを感じてくれるに違いない。引きこもっている場合ではない。無収入は社会のお荷物どころか、みんなの元気の源になるではないか。むしろ、無収入バンザイだ!さすがはババ所長。思い詰めていた人間をここまでポジティブに変えるとは、なんという励まし上手。相談してよかったと感謝の気持ちを伝えた。

 ・・・ババ所長は人生の道しるべとなる励ましの言葉をたびたび贈ってくれた。私がモーリタニアに来て最も幸運だったことの一つは、ババ所長に出会えたことだ。・・・

 ・・・

 ・・・希望の全てを失ったわけではない。フランス滞在中に日本に一時帰国し、極秘に面接を受けていた「国際共同研究人材育成推進支援事業 国際農業研究協議グループ(CGIAR)」の若手研究者を育成するプログラムに合格していた。これにより約200万円もの研究費を支援してもらえることになっていた。

 ・・・もってあと一年。鳴かず飛ばずの惰性でいくよりも、わめき散らしながらの一年に全てを賭けてみよう。・・・

 皮肉なことに、「もう研究ができなくなる」という研究者にとって死に値する瀬戸際に追い込まれ、ようやく自分自身と真剣に向き合えた。・・・

 今後の人生プランを考える。今まで通りのやり方だけでは物足りない気がしてきた。このまま研究だけをしていても、数年で就職に結びつくような大論文は出せない自信があった。・・・

 そもそもアフリカのバッタ問題は日本の日常からかけ離れすぎている。・・・

 どうやったら人を惹きつけられるだろうか。・・・

 これまで私がまったく異分野の人に惹きつけられたとき、その人の仕事内容ではなく、その人自身に興味を持つ場合が多かった。・・・

 見えた!自分自身が有名になってしまえばいいのだ。