小さな声、光る棚

小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常 (幻冬舎単行本)

 昨日の本につづき、こちらもTitle店主辻山良雄さんのエッセイです。

 ロゴのお話、すごいなぁと思いました。

 

P29

 会社を辞め個人経営の本屋をはじめた理由の一つに、自分の責任だけで完結する、継続的な場所を作りたかったことがある。書店チェーンに勤めていたころは、その店に慣れたと思ったらすぐ異動になり、知らないあいだに会社の事情で、店の閉店までもが決められてしまうことさえあったから、自分の意志とは反して仕事が一本の線となって続いていかないジレンマがあった。

 ある店が閉店することになり、その理由を部下にはっきり説明できないまま口ごもると、「まあ上の人が決めたなら、仕方のない話ですからね」と、かえってあきらめよく理解されてしまった。大きな組織の中では誰もが等しく無力であり、どこかであきらめの身振りを身につけないと、こころが保てないことだってあるのだろう。

 たとえ小さくても、自分が責任を持てる場所でなければ意味がない。

 そのように思い店をはじめた。個人の本屋であれば、誰に気兼ねすることなくいいと思った本を並べることができ、何か変だと思った仕事はその場で断ることができる。

 店をはじめたとき、誰もいない営業後の店で、この場所を終わらせるのは自分しかいないのだということに気がついた。それはとてもシンプルで、わたしがはじめてつかんだ小さな自由でもあった。

 もちろんわたしの店なのだから、何か問題が起こったとしても、その問題をほかの誰かが解決してくれる訳ではない。会社であれば、手違いから誰かを怒らせることになったとしても、自分の後ろには謝ってくれる人物がどこかにいた。そう考えれば個人の店では、何があっても最終的に物事を終わらせるのはすべてそこの店主しかいない。

 まともに思えることだけやればよい。

 それは個人経営のよいところであり、その店が長く続いていくための秘訣でもある。仕事量は増え、肉体的には勤めていたときよりもきつくなったが、それでも続けていられるのは、その小さな自由がわたしには合っていたのだろう。

 

P94

 先日、グラフィックデザイナーの寄藤文平さんがパーソナリティを務めるラジオ、「渋谷のナイト」にゲスト出演した。はじまってしばらくは店の話をしたが、寄藤さんはTitleが開店した当初、そのロゴを見ただけで、これは巷によくある<おしゃれブックストア>とは違うらしいと思ったという。

「Titleのロゴは、棒が縦に四本まっすぐ伸びていて、その横に小文字のeが丸くあるでしょ。デザイナーのセオリーでは、そのeは他の文字に合わせ、縦長にまっすぐ並べたいところなんです。でもTitleのeは一つだけ丸くして、しかも少し斜め上を向いている。これは本来ありえないことなんですよ」

 そのロゴがいかに定石から外れたものであるかを、寄藤さんは一〇分以上にわたり力説していたが、その間わたしはといえば「この話は誰にも言ってないはずだけど……。寄藤さんが見ればすべてわかってしまうんだな」と、彼のものを見る解像度と解説の鮮やかさに、目を見張る思いをしていた。

 実は店のロゴを作るにあたって画家のnakabanさんと議論になったのも、このeだった。丸い形ははじめから決まっており、最初は他の文字同様まっすぐに並んでいたのだが、ある日nakabanさんからそれを崩したいと連絡があった。

 これでもじゅうぶん良さそうだけど……。

 その時はそう思ったが、そのあとすぐ届いたロゴには、定石を崩すことで隙を発生させた人格のようなものが生まれており、これにも大変驚いた。

「このeが、ほかの四つの文字と均等にあるロゴであれば、ぼくはTitleがこんなに成功していなかったと思うな」

 寄藤さんはそういったが、成功しているかどうかはさておき本屋の品揃えもまさに同じであり、様々な隙や雑味を含みながら全体のトーンを整えていくものである。同じ趣向やジャンルで整えられた店は一見美しいが、そこに含まれる思考の幅は狭くなり、再訪しようという気持ちが起きにくい。ロゴを見ただけでその背後にある店づくりの哲学まで直観した寄藤さんは、やはりすごいデザイナーだなとあらためて思った。

「これからは画家だな……」

 寄藤さんは放送が終わったあとも、そのように悔しがっていたが、いい仕事は細部に宿ると、二人のすぐれた職人から気づかされた瞬間であった。