偏見とはどういうことか?

あなたの脳のはなし 神経科学者が解き明かす意識の謎 (早川書房)

 今の時代では難しそうな実験ですが、頭でなく体でわかる、貴重な教育だなと思いました。

 

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 一九六八年、公民権運動の指導者マーティン・ルーサー・キングが暗殺された翌日のことだった。アイオワ州の小さな町の教師ジェーン・エリオットが、クラスの生徒に偏見とはどういうことかを実地で教えることにした。ジェーンはクラスに、肌の色で判断されるのはどんな感じか知っているか、と尋ねた。生徒たちはだいたい知っていると考えた。しかし彼女は確信がなかったので、のちに有名になった実験を始めた。まず、青い目の人は「この教室でより優れた人」だと告げた。

 

ジェーン・エリオット 「茶色い目の人は水飲み器を使えません。紙コップを使わなくてはいけません。茶色い目の人は校庭で青い目の人と遊んではいけません。なぜなら、青い目の人ほど優秀ではないからです。この教室の茶色い目の人は、今日、襟をつけます。遠くからでも目の色がわかるようにね。一二七ページを開いてください。……みんな用意できた?ローリー以外はみんなできましたね。ローリー、いい?」

子ども 「彼女は茶色い目です」

ジェーン 「彼女は茶色い目です。みなさんは今日、茶色い目の人を待つのにかなり時間を無駄にすることに気づくようになりますよ」

 

 しばらくして、ジェーンが物差しを探してあたりを見回すと、二人の少年が声を上げた。レックスは物差しがある場所を彼女に教え、レイモンドは助け船を出すように言う。「ねえ、エリオット先生、物差しを先生の机の上に置いておくほうがいいですよ。茶色の人たち、茶色い目の人たち、が手に負えなくなったときのために」

 私は最近、いまでは大人になったその二人の少年、レックス・コザックとレイモンド・ハンセンとじっくり話をした。二人とも青い目だ。その日の自分の行動がどんなだったか覚えているか、と尋ねると、レイはこう言った。「私は友だちにものすごく意地悪でした。人より上に立ちたいがために、茶色い目の友だちをわざわざいじめました」。当時、自分の髪は完璧にブロンドで、目は真っ青で、「完璧な小さいナチでした。ほんの数分前、数時間前にはとても親しかった友だちに、意地悪をする方法を探したのです」と回想している。

 翌日、ジェーンは実験の条件をひっくり返した。クラスに次のように告げている。

 

「茶色い目の人は襟をはずしていいですよ。そしてその襟を、青い目の人につけてください。茶色い目の人は休み時間を五分余計にもらえます。青い目の人はどんなときも校庭の遊具を使ってはいけません。青い目の人は茶色い目の人と遊べません。茶色い目の人のほうが青い目の人より優秀なんです」

 

 レックスはその逆転がどんなふうだったか話してくれた。「世界を取り上げられて、打ち砕かれるのです。そんなふうに世界を打ち砕かれた経験などありません」。下に見られる集団にいたとき、レイは人格も自己もすっかり失った気がして、自分がまったくの脳なしに思えた。

 私たちが人間として学ぶ最も重要なことのひとつは、他者視点の獲得である。そしてふつうは子どもがそれをきちんと練習することはない。他人の立場に立つのはどういうものかを思い知らされると、それで新たな認識経路が開ける。エリオット先生による教室での演習のあと、レックスは人種差別発言に対して気を配るようになった。自分の父親に「それは適切じゃないよ」と言ったことを覚えている。レックスはその瞬間をなつかしく思い出す。それで認められたように感じ、自分が人として変わり始めたとわかった。

 青い目と茶色い目の演習の素晴らしいところは、ジェーン・エリオットがどちらの集団が上になるかを切り替えたところだ。そのおかげで子どもたちは大きな教訓を学べた。すなわち、ルール体系は恣意的だということだ。世のなかの真実は一定不変ではなく、もっと言えば真実ともかぎらないことを、子どもたちは学んだ。この演習は子どもたちに、政治的意図のまやかしを見破り、自分自身の意見をもつ力を与えた。それはまちがいなく、子どもたち全員に身につけてほしいスキルである。

 教育は大虐殺を防ぐのに重要な役割を果たす。内集団と外集団を形成したいという神経の欲求―そしてこの欲求をプロパガンダであおる計略―が理解されないかぎり、大規模な残虐行為を生む非人間化への道を断ち切ることは望めない。

 このデジタル・ハイパーリンクの時代、人間どうしのリンクを理解することはかつてないほど重要である。人間の脳は根本的に相互作用するように生まれついている。私たちは見事なほど社会的な種である。私たちの社会的欲求は操られることもあるかもしれないが、それでも人間のサクセスストーリーの中心に堂々と鎮座している。

 自分は皮膚を境に終わっていると、あなたは思っているかもしれないが、あなたの終わりと周囲の人たちの始まりを区別する方法はないと感じられる。あなたのニューロンと地球上のあらゆる人々のニューロンは、巨大な変化するスーパー生命体のなかで相互作用している。私たちがあなたとして定めているものは、大きなネットワークのなかのネットワークにすぎない。人類の明るい未来を望むなら、人間の脳がどうやって相互作用するかを研究し続ける必要がある―その危険と機会の両方を。なぜなら、私たちの脳の配線に刻み込まれた真実を避けることはできないから。私たちは互いを互いに必要としているのだ。