サイバラの部屋

サイバラの部屋 (新潮文庫)

 読み進むうちに、なんか前に読んだような?と思ったら、10年前に読んでました(笑)。

 今回印象に残ったところを書きとめておきます。

 

P71

西原 ・・・直木賞もらって「SPA!」の「エッジな人々」がとりあげることになったとき、自分にインタビューして、自分で答えて、編集部に行って自分で赤入れて、ひとりで帰って……ゴーストライター時代とか、「SPA!」のアンカーやってたときの癖がぜんぜん抜けてなかった(笑)。わたしね、そのエピソードがどんな作家の話よりも好きなんですよ。

重松 あのときまだ、「SPA!」のアンカーを毎週やってたからね。お、今回は作業が楽だな、くらいで(笑)。でもさ、その話をサイバラがしたもんだから、小学館の『人生一年生』でインタビュアー頼んでくれたとき、担当の若い編集者が「重松さんって、自分で全部やっちゃうんだ」って勝手に納得して。現場にテープレコーダーすら持ってこなかった(爆笑)。

西原 いや、写真もレイアウトもしてくれて、そのまま記事ができると思ってたみたい(笑)。

重松 でもおれ、取材とかだといまだに聞くよ。「テープ起こしはどっち?」って(笑)。「スケジュールの問題もあるし、先に言っといて」って(笑)。

西原 そこなんだ!テープ起こしするかどうか、じゃないんだ(笑)。でも、重松さんがゴーストライターからの叩き上げっていうのは、わたしも含めた鉛筆乞食の希望の星ですよ。

重松 鉛筆乞食まで言うか(爆笑)!

 ・・・

 おれら、しぶといもんね。

西原 いつだってわたし、エロ本のカット描きで生きてくもん。

重松 その意識は僕にもある。で、「おまえ勘違いするなよ」って教えてくれた事件があってさ。二回目の直木賞落ちた翌日に起こされたのが週刊誌からの電話で、「重松さんのとこ、ヤバい抗議来てませんか?」って。その日に発売された号で、とある男が棄てた女の手記を、僕が記事にまとめて載っけたの。そしたらヤバいスジの関係者が編集部にねじこんできて、「もう、書いた人間も知ってるから」と。数時間前は直木賞の発表待ちでドキドキで、次は襲撃でドキドキ(笑)。ああ、おれの原点はここなんだな、ってしみじみ思いながら、とりあえず仕事場の電話からコードを抜いておきました(笑)。

西原 (拍手)こんな直木賞作家いない。そこに「いつでも戻ってやるよ」って言うんだもんね。そのときの重松さん、またサクサク働くんだろうな。「泣かせの重松」とはぜんぜん違うインタビューとか記事書くでしょう?

重松 「阿鼻叫喚の地獄絵図!」とか、そういうのね(笑)。

 

P273

毎日かあさん』のサイン会には子連れのお母さんが結構来てくれるんですが、男の子なんかもう飽きてるの。そんな子のために「おばちゃん、アンパンマンも描けるよ」と言って、〝やなせたかし〟ってサインしてあげたら、子どもは大喜び。それをやなせ先生に言ったら、「いいよ、僕も売れないといはドラえもんのサイン描いてたから」って(笑)。本当に高知県人らしい、おおらかな方でした。

アンパンマン」は先生の過酷な戦争体験から生み出された作品です。中国戦線で、戦闘ではなく飢えで兵士が死んでいく状況を経験し、弟さんも特攻として亡くなられた。ものすごい憎しみや悲しみを味わった先生が創り上げたのが、自分の顔を食べさせて人を助けるアンパンマン。これは素晴らしい、奇跡的なことだと思います。