転んでもタダじゃ起きない

人生の失敗: 転んでもタダじゃ起きない

 こちらの本にも、八百屋さんで働いていた時の話が載っていました。

 

P16

洋七 八百屋でのおれの仕事は御用聞き。午前中にバイクで100何軒回るんですよ。家の裏口から注文を聞いて、配達する。八百屋のじいちゃんが、おれをかわいがってくれてね。「一緒に市場行こうか」って、いつも2人で市場へ行って、じいちゃんが野菜を競るわけ。

 半年ぐらいしたときのこと。朝4時半ごろ、じいちゃんが「ちょっと熱あるから、今日はおまえだけで市場へ行ってこい」と。もちろん当時は携帯電話もないから、他の「通いの従業員」を呼べない。店には、住み込みのおれしかいないわけですよ。

「競りのやり方はわかるやろ?ずっとおれの後から見てたんやから」って、ポンと現金で70万円くれた。まあ、おれも半年の間に、じいちゃんが競りをしている横でメモしてたから、だいたい何がどれぐらいいるのかはわかった。でも不安ですよ、やったことないから。そしたら、じいちゃんが「市場で後ろから見ていて、人が100円の値段をつけたら、101円つけろ。そしたら落ちる(落札できる)から」と。

 市場に行くと、白菜の山があった。競りのスピードがものすごい早いんですよ。もう早口で訳わからんから、おれ、適当に手をあげて値段を言ったら、市場の人にパッと指をさされて、「何ぼ(どれぐらい)要んねん」って聞かれた。こういうときは中央市場の言葉で言わなあかんけど、緊張してたから「ゾロ、ゾロ」って言った。「ゾロ」という言葉が頭の中に出てきたんですよ。それで、お金を払うところへ行ったら、「あんた、白菜965ケースも何すんの?」って(笑)。

 ゾロって市場の用語で「全部」という意味なんですね。「そんなに要らん。うちは20個ぐらいあったら十分や」と言うたんですけど、競り落としたから、もうダメや。しゃあないから店に戻りました。

 それで、熱を出して寝ているじいちゃんに「白菜で失敗したんや。たくさん買い過ぎた」って言うたら、笑いながら「ええ、ええ、最初は誰でも失敗するもんや」って励ましてくれた。で、じいちゃんが「何ぼ買うたんや」って聞くから「965ケースや」って言うたら、じいちゃん、黙ったまま布団かぶって寝ましたわ(笑)。従業員全員で6,7人の八百屋ですから、そんな大量の白菜、置くところもないんですよ。

 

 しかし、ここからが洋七さんの真骨頂である。白菜を買った以上、絶対腐らせるわけにいかない。何がなんでも売る。そのためにはどうしたらいいのか。貧乏はリアリズムを鍛える戦場である。自分が、しでかした失敗に落胆したりしない。

 

洋七 おれは布団屋へ行ってさらしを買った。それで2トン車の車体にさらしを巻いて、そこに「産地直送」と書いた。まず近所の団地に行ったら、これがむちゃくちゃ売れるんですよ。・・・群集心理というのがあって、誰か1人が買ったら、次々に買う。今と違って、昔は漬物を各家庭で漬けたらから、よく売れた。

 夕方、店に帰って「じいちゃん、全部売ってきたで」と言ったら、「おまえ、どっかに捨てたやろ」って言われてね(笑)。「捨ててへん、売ってきた。40個ぐらいは余ったけど」と言ったら、「ほんまのこと言うてみい!」と。それで「ほら、こんだけ売れたよ」ってお金をバサッと出したら、じいちゃんも他の従業員も、シラーッとしてる。そりゃそうですわ。白菜がそんなに売れるとは思えないですもん(笑)。