仲野教授の笑う門には病なし!

仲野教授の 笑う門には病なし!

 大阪大学医学部教授の仲野徹さんによるエッセイ集。

 絶妙なバランス感覚で、面白かったです。

 

P162 一月三十一日の奇跡

 二日酔いで目が覚めた日曜日、令和三年一月三十一日の朝。前日に委員長として記者会見に臨んだ国立循環器病研究センターの研究不正の記事が気になる。朝日と日経、読売を読んだ。少しずつ論調は違うが、それほど厳しい記事ではなくて一安心だった。その日は、読売の読書欄に『緑食論』(藤原辰史著、ミシマ社)の書評も載った。書評を書いた仲野と委員長の仲野が同一人物と気づく読売新聞の読者はおられるだろうかと、ぼんやりした頭で考えながら二度寝したりして、一日ゆったりすごした。

 翌日の月曜日はシャキッとお仕事。夕方は自宅から某大学の大学院講義をZoomでこなした。現地の教室とZoom視聴あわせて二〇〇名を超えるという自己レコードを記録し、気分よくリビングに移動。すると、妻が「昨日、朝日歌壇に載ったんやね」と。

 へ?ホンマですか……毎週日曜日は朝日新聞の歌壇の欄を楽しみにしているのだが、先に書いたような事情で他のことに気がとられすぎて、前日は見ていなかった。でも、近所の人が喜んで伝えに来てくださったらしい。むちゃくちゃうれし~。

「冴えわたる最終講義さわやかに散髪された永田先生」

 選者は馬場あき子さん。同じく朝日歌壇の選者である永田和宏さん―歌人としても細胞生物学者としても「超」のつく一流―を詠んだ歌である。「最終講義をZoomで見ました」と永田さんにメールするより歌のほうがおしゃれかと投稿した。もちろん知り合いだ。「さ」音を続けているのと、「さわやかに」が講義と散髪のどちらにかかっているともとれるのでまぁまぁの出来かとは思っていたけれど、まさか採択されるとは。

 しかし、朝日歌壇への登場、じつはこれが二回目なのである。一回目は九年近く前で、その頃は、老後に向けて短歌を趣味にしようと添削講座を受けていた。

「ネイチャーに受理されましたと涙声君より知らず君の苦労は」

 論文掲載が決まった直後に、筆頭著者が真っ先にかけてきた電話について詠んだ歌である。採択してくださったのはもちろん歌聖・永田。二回とも永田さんがらみの採択なので、ちょっと下駄を履かせてもらったような気はするが、そこはまけといてください。

 新聞社が違うとはいえ、同じ日に社会面と読書欄と歌壇に同一人物の名前が載るなどというのは、ひょっとすると新聞史上始まって以来の奇跡とちゃいますやろか。

 

P172 おせっかいおじさん宣言

 正月二日、近所の回転寿司屋さんに予約してあったお寿司を取りに行った。二〇人近くの人が団子状になって待っている。十二時前というのに、まだ十一時の受け取り分が渡されていて、雰囲気がむちゃくちゃに悪い。どうしてかしらんと見てみると、二~三人のお姉さんでやっているのに、段取りが最悪だ。レジが一台しかないにもかかわらず、レジ打ちのお姉さんがお客さんの呼び出しや苦情聞きもしている。あかんやろ。

 お正月からイライラしたくないし、うるさいおっさんと思われたくもない。なので、とりあえずは静観することに。そうしているうちに、あつかましいおばさんが登場して、店長を呼びつけ、自分のを先にしろと交渉し始めた。さすがにそれは通用せんやろうと思っていたが、なんとそれに応じてるやないの。驚いたのは周囲の人もいっしょで、文句いうたら先にしてもらえるんか、と店長に詰め寄っていく人まで出る始末に。気持ちはわかる。しかし、そんなことをしても待ち時間は短縮されない。

 店長が出てきたので仕切ってくれるかと思いきや、お待たせしてスミマセンと謝るだけでまったく埒があかない。雰囲気がどんどん悪くなっていく。お客さんたちは、レジが手を休めるから進まないとか、ひそひそ話をしてるだけ。ここで我慢が限界に。

「レジ係は他のことをせんとレジを打ち続けなあかんやろ」と厳しく指導。そうだそうだと、周囲のお客さんから賛同の声があがるかと期待したが、なかった。でも、そのお姉さんは素直にレジ打ちに専念し始めた。えらい!先の客の支払いが終わってから次の客を呼ぶのもあかんやろ。どんな順番かわからないし、時間の無駄だ。で、レジ横に入った店長に「渡す順番、三~四人先まで呼んだらどうや」と二つ目の指導を出した。

 ここまできたら、ついでである。「話しかけるのは、レジのお姉さんと店長以外にしてください」とお客さんにお願い。我ながらおせっかいなおっさんだ。しかし、信じられないほどスムーズに人がはけ始めてびっくり。気分は「渋滞学」の権威である。

 昔の下町はこんなではなかった。えらそうな物言いになるが、ちょっと人間が劣化してきてるんとちゃうんかと思わざるをえなかった。店の人は問題外だが、お客さんだって、ひそひそブツブツ言わずに、ちゃんとした注文をつけたらええやないか。

 嫌われてもええから、これからはおせっかいなおっさんとして生きていく。

 

~なかののつぶやき~

「あつかましい」「いらんことを言う」「うるさい」「ええ加減」「おせっかい」を大阪のおばちゃんの「あいうえお」と名付けています。今回の「おせっかい」を契機にして、私もこの「あいうえお」路線に突入です。

 

P175

~なかののつぶやき~

 ある弁当持参者に、恐妻家なのに弁当箱を洗わないのはどうしてなのか尋ねたことがあります。「弁当箱を洗わせるような恐い妻だと思われたらダメなので外では洗うな」と命じられているとか。真の恐妻家はすごいです。

 

P188 

 面白い出来事や話に遭遇する頻度は、面白い人であろうがなかろうが、誰にとってもそう変わらないはずです。でも、エッセイを書き始めてから、明らかにその頻度が上昇しました。エッセイのネタにするため、世の中はおもろいはずだと信じる姿勢と、おもろそうな匂いがする方向に進む習慣を心がけたおかげだとしか考えられません。そういった意味では、エッセイを書く習慣というのは人生を豊かにする優れた方法にちがいありません。