シンプルなほど輝ける

70過ぎたら生き方もファッションもシンプルなほど輝けると知った

 あ、宝塚の人だ、と何気なく手に取り、読んでみたら、そんな大変な病気をされていたとは、と驚きました。

 

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 70代になって、新しい人生が始まったと感じています。コンサートを開き、事務所を立ち上げ、SNSを始め、このような本も出版しました。思いがけないことが起こるから、生きるっておもしろいんです。

 53歳で全身性エリマトーデスという病気に倒れてからは、ただ生きのびるだけの時間が10年以上続きました。今もふとした瞬間にフラッシュバックするのです。管につながれた自分、検査だらけで「死んだほうがラクになる」と心を閉ざしていた自分の姿が……。そのたびに、胸の奥を冷たいものがスーッと落ちていくような恐怖に襲われます。

 苦しくて苦しくて、自分の人生を一刻も早く終わらせたいと思っていた私ですが、生きのびていれば新しい扉が開くときが来るものです。自分ひとりでは難しくても、誰かが手助けしてくれて、思いがけない世界とつながれることがあるのです。

 病気から立ち直って以来、ひとりで細々と歌い続けていたのですが、1年前に個人事務所を立ち上げました。

 と、言うと「意欲的ですね」と言われますが、違うんです。

 私自身に残された人生の時間は、そんなに長くないと自覚しています。それも、神様から与えられた時間です。その時間で何をしたいかと考えたとき、結論はひとつでした。歌うこと。歌い続けること。それだけです。

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 残された時間に、すべきことを丁寧にやっていくためには、助けてくれる人、支えてくれる人が必要だと知りました。

 事務所を立ち上げてから、変わったことがたくさんあります。最大の変化は、「若者」のマネージャーにすすめられてスマホを使うようになったこと。「ガラケーで十分!」と言っていた私ですが、「若者」に一から教えてもらって多少使えるようになったら、本当に便利です。LINEを使うと連絡や報告が驚くほどラクになります。インスタグラムでは、ささやかな日常を発信できるようになりました。

 あるときこんなメッセージが届きました。「親の介護で苦しい日々を過ごしています。先日、偶然安奈さんの歌を聞いて涙が止まりませんでした。明日への希望が持てるようになりました。ありがとうございます」と。また、私と同じ病気を持つ若い人からも、こんなメッセージをいただきました。「長生きなんて夢のまた夢だと思っていましたが、70代で、しかも歌を歌っている安奈さん。本当に素敵です。私も70代まで生きたい。がんばろうと思いました」

 うれしかった。涙が出ました。心の奥底から「歌っていてよかった」と思えました。さまざまな思いを抱えて聞いてくださっている方がいるのであれば、ただの1曲も、ただのワンフレーズも、あだやおろそかに歌ってはいけないと思いました。歌うことの重みや覚悟が、以前とは変わってきた気がします。

 安奈淳の古くからのファンの方も戻ってきてくださいました。病気の間、世の中から姿を消していたのに、コンサートを開くと「待っていました!」「青春時代がよみがえります」と声が届くのです。わぁ、待っていてくれる人がいたんだ、みんな同じように年を重ねてきたんだ、と心が躍ります。

 ネットで心ない言葉を目にすることもありますが、すべてのものには光もあれば影もある。私はできるだけ光の部分を見ながら、若い人たちに教えてもらいつつ、えっちらおっちら進んでいきたいと思います。

 そして今つくづく思うことは、シンプルが一番だということです。病気を機にさまざまなものを処分してしまったことは前にも書きましたが、それはある意味正解だったのだと思っています。本当に大事なものだけが手元に残ったからです。今後もできるだけものを増やさず、自分にとっての必要最低限で生きていきたいと思っています。それは仕事でも、人間関係でも同じです。今の私に多くのものは必要ないのです。

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 昔、父がよくこう言いました。「友だちはたったひとりでいいんだよ」と。

 今、私は心からうなずきます。父の言う通りです。そしてそれは、着るもの、持つもの、趣味、仕事、すべてにいえるのです。親友のように信頼できるものだけを周りに置き、その中で安心して暮らすこと。そのシンプルさ、潔さこそが、70代を生きる私の歩く道を照らしてくれるのです。