流れにのって

お金の学校

 とても長い引用になってしまいましたが、大事なことが具体的な実話で語られていたところです。

 

P74

 僕は今度、画集を出版するんです。

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 この画集にまつわる一つの話をすることにします。・・・

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 まず僕は二〇二〇年四月二五日、パステル画を描こうと思い立ちます。その理由まで説明していると大変ですので、端折りますが、それまでも一日に数枚のアクリル絵画を描いてた僕は飽きてきたんですね、その手法に。何かもっと面白いことはできないか、もっと直接的に絵が描きたいと思ってました。そんな時にパステルを使って指で近所の風景画を描くという行為に可能性を感じたんです。

 まだこの時は何もやってません。それまで風景画なんか描いたこともなかったくらいです。実は小学四年生の時から僕は近所の風景を描くのが好きだったんだと思い出したのは、ずっと後のことです。と言いつつ、パステルをはじめたのはそれくらい最近のことなんです。まだはじめて丸五ヶ月しか経過してません。それなのに、画集が出るんです。

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 僕は一〇枚くらい描いてみて、あ、これは僕がやりたかったことだとすぐにわかりました。それで一〇枚しかできてないのに、画集にしたいと思いつきました。なぜ画集を作ろうとしたかと言いますと、それはパステルをずっと描きたいと思ったからです。そのために一番うってつけな方法が、僕にとっては「本にする」という行為なのです。

 どういうことかと言うと、本にするためにはある程度の量が必要になります。そして本にするということを、先日お伝えしたように企画書を書きながら構想を練ると、ある形が導き出され、そうなると、必要な絵の数、とか原稿の量とかが、明確に見えるんですね。これも大事なことです。

 僕はあらゆることをする時に、この方法をまず取り入れます。つまり、これが企画書を書くということの正体です。具体的な量を知りたいんです。・・・

 僕はこのヒントは路上生活者から学んでます。

 隅田川で暮らしていた鈴木正三という男がいます。彼が僕の建築の先生です。彼から僕は多くのことを学びました。・・・心の師です。彼が僕に伝えたとても単純な真理は、

「生活に必要な様々な量を知ると、不安がなくなる」

 というものでした。鈴木さんは一日、どれくらいの水が必要で、どれくらいの電気が必要で、どれくらいのお金が必要なのかを細かく研究していたのです。・・・

 それ以来、僕はとにかく一体、どれくらいの量になるかをまず一番初めに決めるようになったんです。そうすると、動きが変わります。そりゃそうです。目的地がわからない場所へ行く時、行きと帰りでかかる時間が違います。当然かと思われますが、それだけってことです。まず初めに量を決める。そうするだけで楽になりますので、みなさんもぜひ。

 流れは楽なところにしかおきません。・・・川が逆流しますか?しません。高いところから低いところに、つまり、力が一番楽なように流れます。ボートで逆流してて楽しいですか?まあ、そういう楽しみもあるかもしれませんが、楽しいとはつまり楽ってことです。

 ・・・楽か辛いかだったらすぐわかるでしょ?そうやって判断しやすいことを、サッと自分で見つけて、まずは判断をしてください。

 判断するのは、それって心地いいの?ってことです。

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 というわけで、僕は画集をつくることにしました。

 なぜならパステル画を思い切り、プロ仕様で描きまくりたかったからです。本を出すとなると、毎日アトリエに向かえちゃいます。妻から何処かに遊びに行こうと言われても、いや、本を出すから、と言って、なんか仕事モード風に子供が休みの日でもアトリエに行けちゃいます。

 趣味じゃないんだよ、って雰囲気出すと、何もかも変わってきます。パステルも本気モード入ったので、本格的な道具を揃えます。・・・

 本を書くっていうのは、そうやって本格的に向き合う環境設計のために宣言することなんです。それが僕の経済の起こりです。もうここには一つの流れが発生してます。

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 もうここからは楽しいイメージ発生中です。美術書をおいてる素敵な本屋でかっこいい画集とかを見ながらイメージします。僕が見ていた本たちは、フルカラー一五〇ページくらいでした。どれも。きっと印刷費的にもちょうどいい感じなんでしょう。

 値段は5000円くらいでした。うーんちょっと高い。できたら3000円で売りたいなあ。僕はその時にもう値段まで決めてしまいます。だって買うのは一人の読者ですから。かれが画集を手にして値札を見てレジにいく感じをイメージします。ここでもうすでに架空の経済の流れの一つがさらに発生してます。

 本を作ると決めた僕の流れ、そして、その本を買う読者の流れ、これらは違う流れです。複数の流れ。複数の流れが明確に見えたら、さらにレッツゴーの瞬間です。・・・

 一応、まだ絵は一〇枚しか描いてません。でも流れが起きているので問題なしです。あとは・・・版元をどうするか。僕は一冊の本を手にしました。簡単なやり方です。家にある本棚の中で、今回の画集を作るに当たって参考になりそうな本。

 それはヴォルスという芸術家の小さな作品集でした。なんか感じがいい本なんです。・・・これが第三の流れです。僕が「イメージしている原型に近い、すでに流通している物質」を見つけるってことです。・・・

 ・・・次にどうするか。簡単です。・・・版元に今すぐ電話するんです。

 版元は左右社というところでした。・・・

 しかも、ちょうど僕は左右社の担当編集者から一冊の本の依頼を受けていたことを思い出しました。ピカビアというぶっ飛んだ芸術家の語録が面白すぎるから、ピカビア名言集を作ったらいのに、という僕の本の中の一節に注目して、本当にその本を作りましょうと言ってくれた人でした。僕のイメージとウマが合う人ってことです。第四の流れも来てます。・・・

 ・・・というわけで、この時点で電話して確認するわけです。左右社の電話番号を調べて、連絡をしてくれていた編集者の名前を告げて、電話を繋いでもらいました。

 彼女は梅ちゃんというのですが、梅ちゃんが出てきました。梅ちゃんとはメールでやりとりしていただけで初めて電話で声を交わしました。

「ピカビア名言集を作るって話だったけど、パステルの画集を作りたいんですよね」

「あ、Twitterで見てました。あれいいかもです」

「でもまだ一〇枚しかないからね。だから、これから毎日二枚描いて、五〇日間くらいで一〇〇枚目指したいんだよね。一〇〇枚描いたら、画集出して欲しいな」

「一〇〇枚揃ったら、楽しそうですね。ぜひ我が社で」

「頑張ります!」

 というわけで、これで第五の流れが発生しました。

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 僕は完成するまでは口約束だけ、完成するときは実際に契約書を結びます。完成する前に書類を交わすと、その相手のためにやらなくちゃいけないことも出てきます。でもこれではダメです。お金のための経済が入り込んでくるからです。

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 まず企画を通すなんてことはどうでもいいんです。ウマが合う人を見つける。そうすれば流れをさらに増幅することができます。おかげで本当に僕は五〇日間かけずに一〇〇枚を描きあげました。

 しかも、描きながら楽しいもんですから、当然うまくなっていくんです。・・・予想を超えるのはいつだって楽しい時です。楽しすぎて、リスクのこととか忘れちゃってる時です。セオリーなんか無視しちゃってる時です。

 楽しいとは、リスクのことを考えないでいいほど安心できて、人々が不安だから群がるセオリーから遠く離れることができるってことなんです。ここ大事です。

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 僕は確信しました。

 これはいける。なぜなら楽しすぎるから。僕が楽しいんですから。売れるから描くなんてことはしなくていいわけです。売れなかろうが、評価されなかろうが、描けるんです。楽しいですから。・・・

 こうなると、もうそれは誰が買わなくても経済です。

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 で、・・・僕はまず個展を開催することにしました。

 一〇〇枚揃った絵を販売するんです。個展を開催することにしたのは、左右社から画集が出ても出なくても、それでも僕は楽しいんだから、全然大丈夫だと自分でさらに楽しくさせるという目的がありました。

 絵が売れたら、それはそれでまた画集を出したいと思ってくれるところができるはずです。なぜなら画集というものは、印刷代が高いわりに、売れることはほとんどなく、版元にとって旨味が少しもないんですね。・・・

 そこで僕はどうしたか?

 ここからが今回の話の一番大事なところです。

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 ・・・少しずつ数字が見えてきて、初版三〇〇〇部からでやってみたいと言われました。

 僕の初回の印税はいくらになるでしょうか。・・・

 3000円×0.1(印税10%)×3000部=90万円

 となるわけです。おそらく印刷費も200~300万円くらいかかるだろう・・・そこにさらに僕の印税90万円も重なると、版元は前払い400万円近くになってしまいます。

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 ・・・画集は通常の印刷と違って、印刷の質がより重要になります。・・・僕が感じたのは、僕に印税を払うせいで、印刷の工程をいくつか抜いたりして、印刷の質が下がってしまう可能性がある、ということでした。

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 そこで僕の必殺技を繰り出すことにしたんです。

「僕の印税はいりません」

 そう伝えたわけです。90万円いらないと。そうすると、無茶苦茶楽になる訳ですよ印刷の部分でケチる必要はなくなる。・・・

 ・・・なんか面白いようにやりたいじゃないですか。そんな時にケチってる場合じゃないじゃないですか。・・・

 さて、画集はソフトカバーの普及版と別に一〇〇部限定でハードカバーの布張り特装版というものを出すことが決まってました。そちらを少しスペシャルな本にして、少し高値で売って、高い印刷代の分をできるだけ補填したい、というのがほとんどすべての特装版のゴールなんですね。そこで僕はこう伝えました。

「一〇〇部のうちの三〇部を僕に無償で

 提供してくれませんか?印税の代わりに」

 ・・・交渉はスムーズでした。・・・そして、僕はさらにこう伝えたのです。

「特装版にパステル画の原画をつけたプレミアム版を僕に独占的に販売させてくれないか?」と。

 僕は絵を一枚15万円で売ってました。それを今回は特別価格として布張り画集付きで三〇部限定で15万円で売らせてもらうことにしたのです。

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 ・・・このプレミアム版は僕のネットショップ・・・で売らせてもらったんです。すると、すぐに一時間で完売しました。

 15万円×30部=450万円

 仲介料はありませんから、丸々いただけます。そして、パステル画集の予約をとるために、僕は頑張って宣伝しました。すると、僕がこれまで出した本の予約件数の中でも最高位になるほどのすごい予約が入ったのです。

 そうすると、左右社は安心します。・・・さらに発行部数が増えることになりました。・・・

 ・・・重版からは一〇パーセントで印税くださいとお願いしていたので、100万円近くが入ることになったというわけです。

 というわけで、90万円をもらうつもりだったのが、それを全額版元に戻すことで、なぜか550万円になって僕の手元に返ってきたんです。これが僕がパステル画をはじめた時に感じた立体的な経済の一つの面です・・・

 ・・・経済の起こり、流れ、立体化を感じたら、どんどん身銭を切ってでも自己投資しろ。

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 印税を版元に戻したのが、自己投資だったのです。

 そうすることで、版元と著者という固くなって変わらないままになっている経済を整体し、ほぐし、バラバラにし、実はそこに複数の経済の流れがあることに気づき、その伏流として、もう一度、自然界に戻し、それによって立ち上がる立体的な経済の流れ、つまりお金というものの生態系をもう一度、楽しく戻してあげると循環し始めます。

 すると、何よりも、この僕が一番はじめに感じた、これを画集にしたい、この画集が欲しい、この画集を作っていることが楽しい。この画集が好きだ。お前が好きだ。お前のことを一生愛す。守る、という僕の気持ちが、経済だということを自分自身が気づけた、だからこそ大事にできたという喜び、そして、自信に変わるのです。

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 何かが起こるかもしれないじゃないんです。

 もうすでに何かが起きているんです。

 これを僕は優しさだと思ってます。

 どんな些細なものに対しても優しく接する。

 つまり、愛情です。

 愛情が複数の経済の間の糊となって、つなぎとなって、立体的に組み合わさり、一つの生態系にまで立ち上げてくれるのです。