水の一滴になる

超人の秘密:エクストリームスポーツとフロー体験

 こんな体験が在るなんて・・・「アドベンチャースポーツは、現代の道(タオ)を生み出します。それによって、この日常の世界を作り出した力そのものの一部になれるのです」という言葉も印象に残りました。

 

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 アモンズは実に多彩な才能の持ち主である。数学と物理学、心理学の学位を持っている。クラシックギターを弾くし、空手の腕前は黒帯だ。ビジネスマンとしても成功しているうえに、作家としても高い評価を受けているし、哲学者としても尊敬を集めている。そして間違いなく、歴史上で最も偉大なカヤッカーのひとりだ。《アウトサイド》誌は二〇〇〇年に、一九〇〇年以降の最も偉大な冒険家一〇人を選んだ。主な選考基準は「冒険の世界を永遠に変える功績を挙げた人物」である。アモンズはそこで七位に選ばれた。

 ホワイトウォーター(流れが白く見えるほどの急流)・カヤッキングでの功績としては、五〇以上の川を初めて下った記録をもち、相当な数の単独遠征をおこなっている。・・・「おそらく、カヤックで味わえるいちばん素晴らしい体験がフローだ。カヤックほど、自然とこれだけ親密になり、その川の力や複雑さと調和して動くことを求めるスポーツはほかにない。ホワイトウォーター・カヤッキングは、フローを生み出すスポーツとしては特別な存在だ。カヤックを漕いでいて、自分自身を川に注ぎ込み、そこを流れている感覚になる。そこは気持ちをそらすものは何もなく、その川の流れと完全にひとつになれる。単独でのカヤッキングは、川にどれだけ近い存在になれるかを理解するために開かれたドアのようなものだ」

 川と親密になりたいというアモンズの欲求は、さらに大きな欲求に根ざすものだった。すなわち、天地創造の基本的要素、つまり四元素の力や永劫の時間の一部になりたいという、切なる願いである。アモンズはかつて、メディアのインタビューでこう語っている。「アドベンチャースポーツは、現代の道(タオ)を生み出します。それによって、この日常の世界を作り出した力そのものの一部になれるのです」。・・・

 

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 スティキーン川にたどりつくのは容易ではない。ワシントン州を出発して、北を目指す。車通りが少ない砂利道を六〇〇マイル(一〇〇〇キロメートル)走る。見渡す限り誰もいない。考え事をする時間はたくさんある。一九九二年の秋、ダグ・アモンズはこの距離をひとりで車を走らせた―では、何を考えていたのだろうか?「誰も私がいる場所や、しようとしていることを知りませんでした。考えていたのは、失敗しても、遺体を見つけてもらえないだろうな、ということです」

 アモンズはそれでもかまわなかった。覚悟のうえでやって来てきたのだから。アモンズはフローにたどりつくためにリスクを活用するすべを知っていたし、さらには―この計画に重要な点だが―自分がフロー状態をきわめて長時間保つことができるという自覚があった。「それしかなかったんです。スティキーン川を下ろうとすると、過酷な時間が三日間続きます。ラピッドとラピッドをクラスVの川がつないでいるんです。ポーテージをしようとすればビッグウォール・クライミングや懸垂下降が必要になります。スカウティングのときには、意識を研ぎ澄ませて、問題解決のスキルを発揮しなければなりません。フローがなければ不可能なことばかり。この川をコントロールすることなどできないし、力ずくで進むのは無理です。その一部になって、一緒に流れる必要があるんです」

 

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 ・・・スティキーン川で三番めに大きなラピッドの「ウィッキド・ワンダ」に進むまで、アモンズは完全なフロー状態に入ったとは感じていなかった。急な傾斜と意地悪なホール、殴りつけるような勢いのウェーブトレイン(訳注:波が定常的に連なっている部分)―・・・アモンズは急傾斜とホールのあいだのどこかで転覆してしまった。大惨事につながりかねなかったが、結局はこれがチャンスだった。カヤックを回転させて元の姿勢に戻ったちょうどそのとき、フローに入り込んだのだ。アモンズはこう言う。「その時点までは、ずべてをコントロールするのに必死でした。人里離れた場所にひとりきり。そういう恐怖の要素が、私をフローから遠ざけていたのです。ところが、カヤックを回転させるのには『深い身体化』が必要で、それがうまく作用しました。ロールの途中で、フローに入れました」

 それはちょうどいいタイミングだった。いくつかのラピッドを下った先には、ワッソンズ・ホールがあった。・・・「ほとんどの人は、一〇〇万ドルもらってもそこを漕いで下ろうとはしないだろう・・・」

 ・・・

「ワッソンズ・ホールには避けなければならない、とても危険なホールがふたつあるんですが、・・・考えられないほど荒れているんです。・・・どうあがいても、九九パーセント死ぬだろう。そう思いました」

 アモンズには選択の余地はなかった。自らホールに飲み込まれていったのだ。「味わったことのない感覚でした。こんなことは不可能だ、あり得ない、と思いながら、すべてを把握している自分が見えてきたんです。川の反応がすべて感じられて、自分がそうした反応と混ざり合っているのがわかりました。目指していたのは、こういう想像を超えたこと、つまり、水の一滴になるということでした。ワッソンズ・ホールを無事に下れたのは、それを達成できた証拠です。それ以来、不可能も可能なのだと思うようになりました」