ディズニーキャストざわざわ日記

ディズニーキャストざわざわ日記――“夢の国”にも☓☓☓☓ご指示のとおり掃除します

 夢の国の舞台裏ということですが、暴く感じではなく、誠実さが感じられて安心して読めました。

 

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「あのぅ、バースデーシール、もらえますか?」

カリブの海賊」の前で掃除をしていると、女子高生と思われる2人組が遠慮がちに声をかけてきた。

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 東京ディズニーランドでは誕生日を迎えたゲストからリクエストがあれば、バースデーシールをお渡ししている。

 カストーディアルキャストはオンステージを歩き回っているので、こうしてゲストからバースデーシールをリクエストされることが多い。従って、仕事を始める前には最低10枚程度は携帯するようにしている。

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 さて、このバースデーシール、ゲストだけでなくキャストが自分の誕生日につけることも認められている。

 入社して4年目、私も還暦の誕生日に「一郎、60歳」と書いてつけてみた。

 オンステージに出るときは、年甲斐もなくドキドキしてしまった。

 その日はファンタジーランドの「キャプテンフックス・ギャレー」というピザのお店を清掃する担当だった。屋外にたくさんのテーブルとイスがあり、そのあいだをくまなく回って清掃する。

 清掃を始めて少し経ったころ、

「おめでとうございます!」

 10代と思われる女性グループのゲストから声をかけられた。

 初めてのことにドギマギし、なんと返事をしていいかわからず、あいまいに微笑み返すのが精いっぱいだった。

 その後も次々と「おめでとうございます」と声をかけられた。だんだんと慣れてきて、「ありがとうございます」と快活に返事ができるようになっていった。最終的にはその日一日で30人ほどのゲストから祝福の言葉をいただいた。

 その中にはギャル風の女子高生グループもいた。彼女たちがほかのどこかで赤の他人である私の誕生日を祝うことなどありえない。これも〝夢の国〟の魔法のひとつなのだろう。

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 前職はサラリーマンとして34年勤務したが、仕事の中で相手を褒めたり、誰かに褒められたりする機会は多くなかった。

 これに対して、ディズニーランドでは褒める文化が浸透していた。その背景には、いくつかの仕掛けがある。

「ファイブスターカード」はよく知られている。

 オンステージでのキャストの素晴らしい行動に対し、それを実際に見た社員が称賛ポイントを記したカードを手渡す。

 東京ディズニーシーに応援で行っていたときのことだ。

 当日、私は「ウォーターフロントパーク」の前にあるハンドウォッシングエリアで子どもたちにミッキーマウスの形をした泡の作り方を教える係についていた。

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 小学校の低学年と思われる子の番になった。人懐っこそうな男の子で、泡ハンドソープを目を輝かせながら手のひらで受け取った。

 彼の手のひらを持ちながら上手にミッキーマウスの形の泡を作る要領を教えていた。男の子も真剣な目つきで泡ミッキーを作ろうと一生懸命だ。そのときは夢中になっていて、誰かに見られているとは思っていなかった。

 順番待ちのゲストがなくなり、一段落ついたとき、急に声をかけられた。

「ファイブスターカードです」と言って手渡されたのがそれだった。

 カードの裏のサインを見たら、セキュリティ担当の社員の名前が記されていた。他部門の担当者からもらったのは初めてだった。

 人に見られていることなど意識していなかったが、あのときの男の子とのやりとりが思い起こされ、それをこうして評価してくれる人がいることがとても嬉しかった。

 ファイブスターカードは終礼のとき、みんなの前で渡してくれることが多かった。同僚たちはみな拍手で祝福してくれる。

 このカードは間違いなくモチベーションアップにつながる。私は年に1~2枚しかもらえず、渡される人をうらやましく見ているのがほとんどで、ケチケチしないでもっと積極的に渡せばいいのにと思っていた。

<素晴らしいゲスト対応でした。これからも笑顔でゲストにハピネスを届けてください!>

 そこに書かれたメッセージを読み返すたびに、今でもあのときの嬉しさがよみがえってくる。

 もうひとつの褒める仕掛けが「スピリット」である。

 毎年、秋に2カ月程度の期間行われる恒例行事で、キャストの良い点や見習いたい点を所定用紙に記入して提出する。

 記入用紙は複写になっており、相手に渡されるのは記入した人の名前が表示されていないページである。

 この「スピリット」では相手の良い点を認めて、惜しみなく褒める。

 私自身も「スピリット」の要旨を記入して実感したことだが、褒める点を探すことは、相手の良い部分にだけフォーカスすることになり、自然とその人との関係も円滑になる。

 口頭でなくメッセージが形になって残る点も良い。実際、もらうと嬉しく、天邪鬼な私ですら仕事へのモチベーションがグンとあがる。

 この施策など、ほかの会社でも真似して導入してみたらいいのではないか。間違いなく、社員のモチベーションアップにつながるはずだ。

 2018年3月末、私は定年退職を迎えた。

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 現役時代、バックステージの掲示板に貼られたゲストからの手紙をよく眺めていた。手紙は小学生からのものが多く、内容も純粋無垢である。ミッキーマウスなどのキャラクターの絵の横に「大きくなったらキャストになりたい」などとたどたどしい文字で書かれているものもあった。

 嬉しく、仕事への励みになる一方で「キャストのほとんどは非正規雇用のアルバイトで収入も多くないんだよ」などと現実的な思いも頭をよぎっていた。

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 オリエンタルランドはたくさんのゲストに日々、夢や感動を提供している企業である。そのことは誰にも否定できないだろう。

 だからこそ、オリエンタルランドにはパークを支えるキャストのことをもっと大事に考えてほしいと願っている。