人に対しても、自分に対しても、人生に対しても、信頼が大事ですね。
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母は小さいときから私のことを、自分が生んだ自分の持ち物とは露ほども考えず、自分が考えないことを考えたり、自分ができないことをやる子なんだと、リスペクトの眼差しを注いでくれてました。・・・
「あの子はしっかりしてるから、大丈夫なのよ」と母が話しているのをたまたま聞いたとき、母の自分に対する「信頼」を子ども心にすごく感じました。あ、でも私がその場にいると褒めることは一切なくて、「そそっかしいし、大雑把だし、この子ってほんとにダメなのよねえ」なんて言ってましたけどね。母と二人きりになったときに「何で人前であんな言い方するのさ」って反発すると、「いや、ダメではない。子どもを褒める親って気持ち悪いから」と言い訳してました(笑)。
そうは言っても、やはり小さな子どもでしたから、寂しさに対処できなくなったことはありました。でもどこかで、「愛の示し方として、信頼を超えるものはないのではないだろうか」と思ってました。
信頼には、「あなたが大好きだから、そばから離れないでね」という依存は含まれません。私が母からもらった愛は、「あなたが大好きだから、私から離れなさい。大好きだから、自分の人生を自ら謳歌しなさい」という、潔く、たくましいものだったんです。
人よりも早く自立を促されはしましたが、私のことをちゃんと見てもくれてました。
「学校の勉強はできなくてもいいよ。あなたには誰よりも絵の才能がある。あなたの絵は本当に素晴らしいから。それで失敗するとしても、やってみたいことをやればいい」と、言い続けてくれたのも母です。
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幾多の荒波を自力で乗り越えてきた人だからでしょうか。母はどんなことも最後は笑い話に昇華できるセンスの持ち主です。・・・
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自分の失敗やおかしいことを笑い話にできるって、究極の技です。自分の過去を突き放して、自分をひとりの人間として客観的に離れて見なければ、面白いとも思えないし、笑うこと自体が自分を責めることになっちゃいますから。
でも、母の〝笑い〟は自分を責めてないんです。「人間ってこうすると、こうなって、こんな現象が起きるんだね。面白いよね」という感じ。超強いですよ。
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私は母が音楽に自分を捧げていることがわかってましたから、気が楽でした。宿題をしなかろうとテストの点がどうであろうと、母は「ま、あんたの人生だから、私はガミガミ言いません」と笑い飛ばして終わってたし。彼女にとってはカルテットの音楽活動のほうが大事だったわけです(苦笑)。・・・
母が自分の好きなことに打ち込む時間を持っていたおかげで、どんなに疲れていても八つ当たりされることはなかったですね。そして、子どもたちが好きな道を歩むことにも、心から賛成してくれました。
「私はあなたを産んだ者で、あなたのことを誰よりも愛しています。ちゃんと育てますのでご安心を。でも、母親である前にひとりの人間ですので、まぁ、失敗もあるかとは思いますが、全身全霊で頑張りますので、どうぞよろしく」
命を守るという必要最低限のこと以外は、これぐらいの気分でいるのでいいんじゃないでしょうか。役割を生きる以前にひとりの人間であるということは、母に限らず、この世のすべての人に言えることです。
勤勉に、そして適度に怠けつつ、どんな経験も感情も受け止め、授かった生命を謳歌できる人間でありたい。息子であるデルスに「いい人生送ってるじゃないの」と思われる、そんな生き方を、これからもしていきたいと思ってます。