大事だと思うことを、ちゃんと大事にできるって、健康だなと思いながら読んだところです。
P147
福田桂さんは多摩美術大学でプロダクト・デザインを学び、メーカーで働いた後、三二歳で独立。しばらくデザインの仕事をつづけていたが、お子さんの誕生をきっかけに、ここ数年間はデザインの仕事を減らして主夫業に専念するようになった。
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福田 ソニーを辞めた後の仕事は、自分の働きと対価の関係の明快さも良くて楽しくやれていたんです。ただ五年後に子どもが生まれた頃から面白くなくなってきた。お金にはなるんだけど、もう飽きたな…という感じになってきて。
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同じ頃、制作にかかわっていた未就学児向けのゲームの仕事があったんです。それは動物と動物が戦うゲームで、最終的に一四弾まで出るヒット商品になるんですけど。
そのゲームは、子どもがどんな動物に魅入られるのかを徹底的にリサーチしてつくられていました。どんな動物が好きか。描写はリアルな方がいいのか。写実的だと怖いので、目だけアニメっぽいのが子どもたちにとってはいい。「赤が好きだ」と言われているけど実は青が好きとか丹念に調べて。
で、子どもたちがスーパーで「これやらないと帰らない!」と泣き叫ぶからお母さんがもう一〇〇円入れる、という商品をつくったときに、「僕はもう駄目だ。もうできない」と思ったんです。
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一緒につくっていたスタッフを否定したくはないんです。彼らのことは好きだし、それに先輩や友人として尊敬している。その人たちがつくる「魅入られゲーム」はこの社会にもどうやら必要とされている。
でも、それを俺がやらなくてもいい。そのことを信じている人がつくるべきであって信じていない人が「仕事だから」と首を突っ込むのは違うと思ったんです。
―「そんなものをつくるのは間違っている」というわけではないんだ。
福田 信じている人がやる仕事なんだと思う。世界から無くなってしまえばいいとは思えない。
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・・・動物のゲームも、つくり手である彼らが信じるデザインをやっていくことについては「頑張って!」という感じなんです。彼らが信じているのならそのように生きてほしい。
話がまとまらないから簡単にして、「いろいろあっていいよね」と言うのではなくて、「いろんな本気があっていいよね!」と思う。
P166
エフスタイルは、大学の卒業と同時に活動を始めた女子二人組の…なんだろう。仮にデザイン事務所と言っておこうか。
手がけているのは五十嵐恵美さんと星野若葉さんの二人。彼女たちは地元新潟を中心に、家族経営的な規模の製造工場や職人さんにデザイン提案を行い、その商品を売ってゆくための販路を開拓。つくり出した品物を全国の取引先に納める仕事を約一〇年つづけている。
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―以前インタビュー記事で星野さんが、「自分にとって大事な人をたくさんつくることで、その人を裏切れなくなる」と語っていて、すごいことを言うなあと思った。「大事な人をつくる」ことを、「仕事」と繋げて語っているところが。
星野 環境問題とか、広い視野でいろいろな社会の痛みを自分たちに引き付けて考えるような想像力は多分私たちにはない。だからこそ自分たちに出来ることをちゃんとしたい。
仕事でかかわる近しい人を傷つけたくないです。
慣れてしまうことが、怖くないですか?傷つけることも傷つくことも。私はそれが一番怖い。自分の中のいろんなスイッチを切ったりブレーカーを落としていること。
それは大人の階段を昇りきった人たちの寂しさだと思うんです。学生の頃は「やっぱりそういうのは嫌だよね」とか「違うよね」と言っていた人たちが、麻痺しないと生きてゆけなくなる。
でも私には、いろんなことを学んでも無くしたくないものがあります。慣れたり感じなくなることが大人になることだとは、若い人たちにも思ってほしくない。
大人げないけど、私は自分に嘘をついて我慢したりするのは昔から苦手で。「世の中がこうだから」とグッと押しつけられても出来ないことが多かったので、こういう仕事を始めたんだと思うんです。
P212
・・・以前ある若い友人がヒッチハイクで、全国を巡る約半年間の旅に出て、戻ってからこんな言葉を聞かせてくれた。
「日本を一周してみたいと前から思っていたけど、延ばし延ばしにしていたんです。『お金が要るな』とか考えていて。
でもお金がないから出来る旅もあるな、と考え方が変わって。それで旅立った。その方が僕らしい旅が出来るんじゃないかなと。
お金ってけっこう関係を切る。お金があれば誰に会わなくても、口もきかなくても旅が出来る。払えば泊めてもらえるし、電車にもバスにも乗れるし、なんのコミュニケーションも要らないじゃないですか。逆にお金がなかったら、いちいち人と関わることになる。それはいまの自分に必要なことでもあるなと思って。」
お金は要らないということではなくて、その作用を自覚しておきたいし、「関係」と「お金」の主客の転倒を間違えてはいけないと思っている。