本屋、はじめました

本屋、はじめました 増補版 (ちくま文庫)

 本も、本屋さんも大好きなので、興味深く読みました。

 

P3

 自分の本屋を開こうと思ったとき、それが困難なことであるとか、今の時代では珍しいことであるとかいうことは、特に考えませんでした。シンプルにそうしたいと思ったから、本屋をつくるにはどうすればよいのかということを、一つずつ積み重ねながら考えていきました。この本には、そうした積み重ねの経緯を書いています。

 あとになって、ここ数年で個人が新刊書店を開いたケースはほとんどないということを、何人かの方から聞きました。自分は本当にめぐりあわせに恵まれていたのだと思います。お金のこと、経験、周りで助けてくれた数多くの人たち……。どれか一つが欠けても、望みどおりの本屋を開くことはできなかったでしょう。

 苦楽堂の社主・石井伸介さんから「本を書いてみませんか」と言われたときに、思い浮かんだことも、「自分が何かの力によって、本屋として生かされているという思い」でした。自分が新刊書店を開いた陰には、そう望んでも何らかの理由で叶わなかった誰かの思い、挫折、妥協があったと思います。自分のめぐりあわせが良かっただけだとしても、そうした一つの本屋が生まれたという体験を書き残しておくことは、どこの地域、どんなやり方であろうと、自分のやり方でこれから本を売って暮らしていきたいと思っている人にとっては、役に立つことも少しはあるかもしれません。こうした文章を書いたのは、そのような理由からです。

 この本が、本屋を志す人にとってはもちろんですが、何かを始めようと思っている人の背中を押すようなことがあれば、それに優るよろこびはありません。

 

P240

 これからの本屋は、どのようになっていくのだろうか。いまよりもさらにその数は減るだろうし、より専門店としての色合いを増していくのは間違いないが、そのことと、自分が仕事として本を売っていくことは、根本的に別なものだと考えている。

 ・・・わたしが知っているのは、ここまで書いてきたような、自らの経験で知り得た狭い範囲のことだけである。しかし自分の経験は、自ら使うから生きてくるのであって、Titleというシステムがあるとすれば、それは<わたし>を抜きにしては考えられない。

 ・・・

 ほとんどの会社では、多くの仕事はマニュアル化して、誰にでもできるようなものを目指しているだろう。以前にいた会社でも、その仕事は誰かに振ることができないのかとよく言われたものだが、本を扱う仕事は属人性が高く、個人の経験を皆が使えるものとするのは難しかった。

 だからこそ個人として生きる活路は、誰にでも簡単にはできない技術を高め、世間一般のシステムからは、外に抜け出すことにある。それには自らの本質に根差した仕事を研ぎ澄ませるしかなく、それを徹底することで、一度消費されて終わりではない、息が長い仕事を続けていけるのだと思う。

 わたしはこれからも本を売って生計を立てていく、ひとりの<bookseller>でありたいと思っている。本屋の数が減りその内実も変わりつつあるいまだからこそ、リアルな場所としての本屋の価値、本を知っている人物への重要性が高まってくると思うからだ。

 本はどこで買っても同じとはよく言われることだが、実はどこで買っても同じではない。価格やポイントでお客さんを釣るのではなく、本の価値を<場>の力で引き立てることにより、その本は買った店とともに、記憶に残る一冊となる。