あの人の宝物

あの人の宝物: 人生の起点となった大切なもの。16の物語

 16人の方の、大切なものと、人生の話。心に響くエピソードがたくさんありました。

 こちらは、田村セツコさん。

 

P19

 生きていればいろんなことがある。ときに涙すること、ままならない辛いことが、田村さんにもある。だがそれらを、負の記憶として蓄積させない。

「私、車に轢かれたことがあるの。傷心の私にご近所の方が、〝きっと亡くなったお母様が守ってくださったのね〟っておっしゃって。ああ、本当に生きててよかった。骨が折れてなくてよかった。母が守ってくれたんだわって思ったら、嬉しくなって。運転していた人も、きっとどこかで後悔しているだろうなあと思いました。こんな言い方は変かもしれないけれど、その人に、私はこんなに元気にしているから安心して欲しいって伝えたくなりました」

 また、こんなこともあった。バスの中に、原画を十五点入れたバッグを忘れてきた。バス会社にも聞き、散々探したがとうとう見つからなかった。

 あれを拾った人は嬉しかったんだろうなあって。返したくないほどいい絵だったんだな。その気持ち、わかる、なぁんてね。半分冗談だけど、そう思うようにしたの」

 あの……、それは本当に?見えない相手への怒りとか、どうしようもないやるせなさとか、そういった気持ちはないのでしょうか?そう聞くと、田村さんは首をすくめ、冗談めかして答えた。

「私は怒りを持続する頑張りがきかないのよ」

 いや、そうは言ってもと食い下がると、今度はまっすぐな眼差しで、きっぱりこう言った。

「トラブルには必ず、学べてよかったと思えるヒントと、悪かったことの両面があります。怒りを手放すヒント、嫌なことを考え続けるのをあきらめるヒント。人生に必要なことをトラブルから学べる。たとえばね、ひどいことをする人を許す快感というものがあるのよ。それを味わえたら、ああ良かったわ、嬉しいって思うの」