シンクロニシティ

シンクロニシティ 科学と非科学の間に――画期的な科学の歴史書。

 テーマはとても興味のあること・・・ただ私の頭にない単語が盛りだくさん・・・読んでいても何のことかさっぱりわからないのに、不思議と面白さを感じ、読み進めることができました。

 ここは、本の最初にあった福岡伸一さんの寄稿文で、まだ意味がわかった部分です(;^_^A

 

P13

 ・・・〝もつれ〟は英語では、entanglementと表現される。これをもう少し科学の言葉で表現すると、離れて存在している2つの物体が、互いに他のことを認識しあっている、ということである。私たちは、距離が離れて住んでいても、互いに他人の様子を認識することができる。特に現在は、インターネットの発達によって、SNSでもオンライン通話でも、リアルタイムで誰かとつながることができる。しかし、それはあくまで、ケーブルや光ファイバーや空中を電気パルスや光信号や電波が飛び交うことによって、情報がやりとりされるがゆえのことである。つまり、いくらリアルタイムとはいえ、わずかな情報伝達のためのタイムラグが生じている。

 ところが、である。

 量子の世界では、そのような情報がやりとりされなくても、瞬時に、まったくのタイムラグなく、相手の状態が認識できている。ここでいう量子とは、もともと同じ原子核の周りを回っていた2つの電子が叩き出されて、違う方向に飛んでいったペアであるとか、ある物質にレーザーを当てた時、飛び出てきた一対の光子(フォトン)といったミクロの粒子のことを指す。これらミクロの粒子のペアは、どんなに距離を隔てられようとも、互いに相手の状態がわかっている。ミクロの粒子のペアは「スピン」という一定の状態を持つ。これはたとえて言うなら、自転軸の方向のようなもので、一方が上向きなら、他方は必ず下向きのスピンを保つ。スピンの方向は、粒子の周囲に磁場を与えると変えることができる。また、一方の粒子のスピンの向きを逆転してやると、他方の粒子のスピンの向きもそれに応じて反転する。これは2つの粒子がどんなに遠く離れていても起きる。

 ・・・

 もう一つ重要なこと(かつ奇妙なこと)は、粒子のどちらがどちらのスピン状態であるかは、観測してみるまでは、全くわからないということである。それは、あらかじめ決まっているスピン状態が、観測するまで見えない、ということではなく、観測するまでは、どちらでもありえるような状態が重なり合っているというのだ。

 これが〝量子もつれ〟である。

 アインシュタインは、これをどうしても受け入れることができなかった。本書にあるとおり、そんな「不気味(spooky)な遠隔作用」など起こるわけがない、と言って、量子スピンの変化が瞬時に起きるように見えるのは、あくまで見かけ上のことで、そこには実験上の不備や抜け穴、あるいは、まだ未解明のロジックがあるに違いないと、「量子もつれ共時性シンクロニシティ)」を、1955年に亡くなるまで決して認めなかった。

 ・・・

 では、ミクロな原子や分子や電子の運動を基盤にしている、私たち自身の生命現象はどうだろうか。あるいは、脳内の精神活動を司るニューロンのネットワークは?さらにいえば、ミクロな電子状態を制御することによって成り立っている半導体のような電脳世界では?実は、これらの世界では、量子論的なアプローチによって、新しいパラダイムを開こうとする動きがすでに進行している。

 これに関して、たいへん興味深いのは、本書後半の白眉でもある、量子力学創始者パウリと、精神分析学の泰斗ユングの交流の逸話である。二人は、量子論的な重なり合いと、人間の精神活動に見られるある種のシンクロニシティについて、同じ構造を見て取っていた。

 パウリは、ユングの患者でもあった。当時の最先端科学者の多くは、天才的な理論的展開や数学的解析を達成する一方で、精神の不調に苦しみ、女性問題に翻弄された。最後は病や隠遁や自殺など悲惨な終末を辿った科学者も多い。パウリがユングのもとで長期間に渡って夢分析を受け、無意識の抑圧を探っていたという話はとても興味深い。

 ・・・

 異なる生物学的現象にも、量子論的な解析が進められている。ジム・アル・カリーリ&ジョンジョー・マクファデンによる書『量子力学で生命の謎を解く』(SBクリエイティブ)によれば、ある種の渡り鳥は脳内に量子コンパスと呼ばれるしくみを有している。これはまだ実証に時間がかかる仮説だが、量子コンパスとは、量子もつれの状態にあるスピンの対をつかって、地磁気の流れを感知するしくみだ。渡り鳥の群れは、これを使って闇夜でも嵐の夜でも方向を失うことなく、目的に向かって飛ぶことができる。

 これを読んで私が思い出したことは、ムクドリの群れの華麗な動きである。ムクドリは数千羽、数万羽という群れを作って大空を群舞する。その動きは自由自在に離合集散を繰り返しつつ、一糸乱れぬフォーメーションで、ある秩序を保ちながら、急旋回、方向転換、降下上昇の舞を行う。それはまるで、群れ全体として一つの集合的な意識をもった生命体のような動きである。

 まさに〝シンクロニシティ〟である。

 いったいどのようにしてこのような同調運動が実現されているのか。Boidのようなコンピュータによるアルゴリズムが群れの動きをある程度、シミュレーションすることに成功しているが、ムクドリのような急激な斉一運動を完全に模倣することはできない。ここには何か別の原理が潜んでいる。それはひょっとすると、量子コンパスのようなしくみを使った、〝量子論的なシンクロニシティ〟かもしれない。

 このように量子論による世界解釈の展開はまさに今、大発展を遂げようとしている。

 量子論は、物理学だけでなく、生物学にも、化学にも、あるいは宇宙論にも、画期的なパラダイム・シフトをもたらすことは間違いない。・・・

 ・・・

 いずれにしても、量子論は世界の見方を一変することになる。その入門書の好著として、本書をここに推薦するものである。