粒子と波の関係

現代語訳 般若心経 (ちくま新書 (615))
粒子と波の関係も、色即是空 空即是色と同じことを言っているのではというお話です。

P75
 現在ではクォークや超ひもという物質まで理論上で「発見」されていますが、これもどうしても世界を粒子で構成させたいという彼らの情熱の結果でしょう。
 いわば大脳皮質が「色」を求める欲求に素直に従っているのが、西洋的な「科学」なのかもしれません。
 インドの人々はとっくの昔にそれを諦め、「空」という様態をを発見したと云えるでしょう。物質を粒子の総合体として見るのではなく、あくまでもエネルギーに満たされた全体の中のある種の凝集として捉えたということです。「空」という考え方は、そういう意味でも画期的だったのです。
 量子力学では物質のミクロの様態を、「粒子であり、また波である」とします。測定の仕方でどちらの結果も得られるというわけですが、端的に、それが「色」と「空」なのだと考えても、基本的には間違いでないと思います。
 ・・・最小の単位が「粒子であり」しかも「波である」というのです。
 これは固定的実体か流動的事態か、ということですが、普通はこれが両立するとは考えられません。
 しかし私は、じつはこれと同じことをさっきから申し上げています。
「色即是空」でしかも「空即是色」だと。
 ・・・
 基本的なことだけ確認しておきます。
 諸法すなわちあらゆる現象は「空相」であって、それは生じたり滅したりもしないし、垢がついたり浄らかであったりもしないし、増えたり減ったりもしない、ということでしたね。