水野美紀さんの子育てエッセイ、おもしろかったです。
P201
今月は仕事がのんびりだったので主に主婦をしていた。
主婦の仕事は子どもと旦那の散らかすものを片付けて回ることだ。
2人の後ろからついて歩いて、片っ端から散らかっていく部屋を片っ端から片付けるおばさんになる。
あとはお弁当やご飯を作り、幼稚園の送り迎えをし、ちょっとでも目をはなすと「みてー!」と大声を出す我が子を「見て」いることだ。
「みてー!」と言うので見ているのだが、見たからといって特別な動きをする様子はなく、
「まさか何もする気がないのか⁉」
と思った頃に、
「みてた?」
と聞かれて、この数十秒のあいだのどこに見るべきポイントがあったのか慌ててイメージを巻き戻して考える。
「み、見てたよ」
「どうだった?」
どうだった?どうだった、ってあんた、寝転がってただけじゃないのよ、と言うわけにはいかないので、
「すごいねー、もう一回やって?」
と促してみる。
「いくよー」
相変わらず寝転がったままの我が子の身体のわずかな動きも見逃すまいと目を皿のようにして、見る。
本当は洗い物の続きがしたいのだけど、片手にスポンジ、片手に泡にまみれた皿を持った状態なのだけど、手を止めて、見る。
ただ寝転がっているだけにしか見えない。
顔か?顔で何かを表現している?
表情を見るが、特別おもしろい顔をしているわけでもない。
何か隠しているのか?
両手を見ても何かを持っている様子はない。
背中に何かを隠しているのか……?
ちょっとかまをかけてみるか。何かを探すそぶりをちょっとして、
「あれ?」
と言ってみる。
「まだだよ!」
なんだ、まだ何もしていなかったのか。ずいぶんじらすじゃないか。
早く皿を洗いたいんだけどな。
しかし、まだ動く様子はない。
まさか……寝てる⁉
しびれを切らして皿洗いを再開するやいなや、
「みて!」
こっちの動きに敏感である。
しかし、見て見て言うくせに、ちっとも何かをする気配がないではないか。
それとも私が見落としているのか??
すると次第に、ゆっくりと両足の足首がのびて爪先がぴーんとなった。
「みてた?」
たった、たったそれだけの動きを……?
「あしぴーんてなったね」
と言うと満足そうに笑う我が子。
やっぱりそこか!
いいかい、我が子よ。
大人になったら、人に「見て!」と言って注目を促したならば、何かしら、その注目に見合うものを見せる義務というものが、暗黙のうちに生じるのだよ。
ゆくゆく、学んでゆくのだろうがね。
今の君のその無邪気さったら、尊いけどね。
君のパパがこれまでに私に「見て!見て!」と言って見せて来たものは、足の裏に刺さった乾燥した米1粒。巻き爪。笑った瞬間に飛び出てぶら下がった鼻水。裏返しに着た服。などなどだよ。
こんな大人へのコースを真っ直ぐに歩んでいる気がしてならないよ。
いいかい、これら全てのパパの「見て!」に対する私のリアクションは無だよ。
文字にすると「……」だよ。
洗い物を続けていると、
「みてみて!」
きたきた。赤いスーパーボールを1個握りしめて駆け寄ってきた。
見るよ。見るよ。
すると我が子は私の目の前でそのボールを片手に握りしめて、
「どっちに入っているでしょーか?」
……見ちゃったよ。しっかり見ちゃったから……。
「こっち」
「あたりー」
握っている方を指差すと、開いて見せ、笑う。
そしてもう一度、反対の手に握り直し、
「どっちでしょーうか」
「こっち」
「あたりー」
うん、だって母ちゃん、握るとこ見てるからね。
5回ほど繰り返すとつまらなそうに去って行った。
今夜そのゲームのルール、一から説明するね。
窓から満月のお月様が見えたので今度は私が、
「ねえねえ、見て見て!」
我が子を呼び寄せて、指差して見せる。
きれいでしょ?
こういう素敵なものを見せたい時に、私は見て見て言うのよ。
月を見た我が子のリアクションは、
「……」
無!
なんでだよ!