損したくないニッポン人

損したくないニッポン人 (講談社現代新書)

 すっかり高橋秀実さんの文章のファンになってしまったような・・・

 なんでしょう、この妙な立ち位置は(笑)

 

P67

 損得ばかり考えていると、しまいには生きていること自体が損のような気がしてきたので、私は視点を変えてみることにした。

「経済」とは何か?

 巷には「経済情報」があふれているが、「経済」とは一体、何を指しているのだろうか。・・・

「経済学を学ぶ目的は、経済学者の言うことに騙されないようにするためだ」

 という有名な言葉があるので、あらためて「経済学」の基礎理論を学んでみようかとも思ったのだが、経済学の本は読めば読むほど、現実から後ずさりする印象がある。なぜかというと、「経済理論」の方法とは次のようなものらしい。

 

 現実をよく観察してそれに基づき理論を構成し、つぎにその理論によりふたたび現実を説明することを試み、必要ならば理論をさらに修正していくのである。

(新開陽一、新飯田宏根岸隆共著『近代経済学〔新版〕―経済分析の基礎理論』有斐閣 1987年)

 

 要するに後出しということ。起こったことを後から説明しているだけなので、次々と起これば説明に説明を重ねることになり、それは言い訳と変わらないのである。言い訳など聞いても仕方がないし、さらには「経済理論の対象にする経済現象とは、同じ種類のものが集団的に発生するものであるか反復的に発生するものであるかのいずれであってもかまわないが、歴史的に1回しか発生しないような個性を持った現象ではない」(同前)などと断言している。つまり理論が現実を選んでおり、理論に合わない現実は最初から排除するようで、しまいには現実がおかしいと言い出しそうなのだ。

 そもそも現実とは「1回しか発生しない」ことの連続ではないだろうか。それを「反復的に発生する」などと決めつけて対策を講じたりする。反復しているのは自分たちのほうで、もしかすると経済学者も理論を損したくないのかもしれない。・・・

 

P109

 今日、盛んに「得」を連呼しているのはテレビの通販番組である。「今ならお得!」「今だけお得!」「30分以内にお電話いただければさらにお得!」という具合に、損得どころか時間まで分別しているようで、まさに不徳の限りではないか。

 ・・・

 生放送の番組などは何かに急かされているようで、見ている私までそわそわしてくる。・・・突然、「今、情報が入りました」と叫んだりする。注文が殺到し、在庫が少なくなってきているとのこと。「すごいことになっています!」「今なら間に合います!」「今ならお電話もつながりやすいです!」などと連呼して緊急事態の様相になり、やがて残念そうな顔で「あと、ご用意が30点以下になってしまいました」、そして「ついに在庫が何十点になりました」「ああ、もうあと二桁しかご用意がございません」。よく聞くと在庫に変化はないようなのだが、とにかく早く注文せよと急かすのである。しまいには「皆さん、間に合っていただきたい」と神仏に祈念するような格好になり、そうこうするうちに実際に買ったという客と電話がつながる。・・・

 本当に買う人などいるのだろうか?

 私はテレビに向かってつぶやいた。これに騙されるほど消費者はバカではないと。

 ・・・

 ・・・隣にいた妻がこう言った。

「何ぶちゃぶちゃ言ってるの?私だって通販で買ってるわよ」

 うそ?と驚くと彼女が続けた。

洗顔石鹸がそうでしょ。あなただって使ってるじゃないの」

 確かに私も、その石鹼を愛用しているのである。聞けば、ある有名女優がCMに出演しており、彼女の肌がツルツルに輝いて見えたので注文したらしい。

―それって、騙されてない?

 私が口を滑らすと彼女は怒った。

「大体、モノを買うってことは騙されてあげるってことじゃない。騙される覚悟がなければ、何も試せないでしょ」

 そう言われると反論の余地がないので、私はその石鹸のパンフレットをあらためて精読した。やはり怪しい。この石鹼(60g)は通常価格が1個当たり1980円である。ところが「初回限定割引」というものがあり、2個で2960円(1個当たり1480円)になる。1回買えばそのまま会員となってポイントが付き、次回からその分通常価格から値引きされる。さらにまとめ買いすればやはり割引になるわけで、そうなると通常価格は通常とはいえないだろう。

 ・・・

「その考え方が貧乏くさいのよ」

 言われてみれば、買えないから買わないのは貧乏だが、損したくないから何も買わないというのは貧乏くさい。