いろいろ

いろいろ

 

 帯にあるように「たおやかでまっすぐ」な印象で、読んでると健康にいい感じがしました(^^)

 

P86

 地方勤務の親友はいつも突然電話をかけてくる。大体週末の、大体夜九時か十時頃。大体「ね~聞いてよ~」と始まる。

 内容は止めどない愚痴。「全く、お互い、大変ね」。仕事で上手くいかなかったり、同僚や先輩と反りが合わなかったり、勘違いされてあることないこと言われたり、自分の不甲斐なさに辟易したり。二人して業を煮やすこともあれば、「いやそれはあなたもおかしいよ」と議論を交えることもある。

 わたしたちの愚痴は絶妙にバランスが取れている。彼女が重めの愚痴を言えば、わたしは二十秒で終わるようなふざけた愚痴を言う。それでお腹を抱えて笑ったら次はわたしの番。本気でしんどいよう、とこぼせば、真剣に聞いてくれたあと、急に掌を返して全力でいじってくる。決して重くならないのがわたしたちのいいところだ。そうやってぽんぽん会話をしていると、たまにびっくりするような名言や真理が飛び出して、二人同時にハッとする。わたしたち高校生だったのに、こんなこと言えるくらいには大人になっちゃったね、としんみりすることもしばしば。

 彼女はわたしと友だちでいることを周りに隠している。嬉しいことに、何も知らずにわたしの話になったりするそうだ。それを嬉々として報告してくる。別に隠さなくてもいいんだよといつも言うのだけれど、頑なに言わない。そんな彼女だからわたしは安心して愚痴を吐ける。いい友だちを持った。

 でも例外的に、彼氏にはわたしのことをすぐ話す。そういうところ、可愛いなと思う。ちなみにわたしはその子の歴代の彼氏ほぼ全員とビデオ電話をしている。そして親友らしく、「泣かせたら許さんぞ」と脅す。まあわたしが脅したとて、泣かされる時は泣かされるもので。そしたらまた愚痴電話がかかってくる。

 ずっと、愚痴るのは悪いことだと思っていた。でも今は胸を張って「愚痴のすゝめ」を説きたい。相手とTPOを弁えさえすれば、いいのだ。むしろ心の健康のために、時には愚痴るのがいい。ただし、悪口と愚痴は違う。「いい愚痴」、吐いていきましょ。

 

P142

 実家にて、メキシコから帰国する時のクラスメイトからの寄せ書きを見つけた。懐かしくて読み返したらとても面白かったので、ここに一部を抜粋する。

「モネは走るのが速かったね。今までありがとう」

「足が速くて、ソフトボールクラブではすごいことをいっぱいしたね」

「日本に帰っても元気に走ってね」

 男子からのメッセージが、まるで示し合わせたかのように、「走り」についてのコメントだらけだった。もっと他にもあっただろうよ、と思い返してみる。喧嘩して追いかけまわされたり、追いかけまわしたり、サッカーやらバスケやらでボールを奪い合ったり。なるほど、思い出の大半が走っている映像だ。無理もないか。

 ちなみに「ソフトボールクラブでのすごいこと」とは、そこまで飛距離がないヒットをランニングホームランに持ち込んだり、無茶な盗塁を成功させたり、などである。

 わたしは子どもの頃からすばしっこい。運動会のかけっこは大体一着を争っていたし、仕事と体育祭が被った日に、紅白リレーだけ走りに学校に行ったこともある。これは完全に父の遺伝だろう。

 若い頃陸上に打ち込んだ父は、いまだにしっかり筋肉のついたふくらはぎをキープしている。運動会の前は必ず近所の公園で走りのフォームを修正してもらっていた。今も帰省するたび二人で公園に行って、軽いジョグと数本のダッシュをするのがお決まりになっている。

 父の隣を走ると心身が整う。そしていつも、無理をせず自分のペースで足を前に運ぶことを教えてくれる。背筋を伸ばすこと。呼吸を深く保つこと。なるべくドタバタと音を立てずに、少し先の地面を見据えて前に進むこと。こうやって並べてみると、正しい走り方は健やかな生き方に似ている。