幸福の研究

明日、機械がヒトになる ルポ最新科学 (講談社現代新書)

「満たされる」ことではなく、そこに「水が入っていく感覚」の方が大事、というところ、ちょっと目から鱗でした。

 

P104

―ぼくは、神林長平というSF作家がすごい好きなんですけれど、彼は、遠い未来に、機械が知性を持ったときに読むための小説を書いている、というんですね。それって「人間を超えた人間性」に賭ける態度だと思っていて、一周回ってこれほど人間的な小説を書く理由ってないな、と思うんですが、石黒先生の「人間はこれから生きる意味を考えていく必要がある」という話に通じるものがあると感じました。

石黒 僕も正しいと思いますよ。そういった小説は、逆に言えば、本当の意味で定義された人間が感動する、というものでもあるでしょう。ロボットは人間の鏡です。ロボットが人間に受け入れられる存在になったときに、その中身を見れば、そこに人間の定義が書いてあるはずなんです。・・・だから、「本当の意味で人間に訴えかけるものはなにか」ということを考えていっても、そういう結論になると思います。

 ・・・

―ロボットが否応なく人間社会に浸透し、影響を与えてくるというのはわかりました。とすると、気になるのが法律の整備なんですが、ロボットやアンドロイドでは、なにか問題が起きてますか?

石黒 ・・・最近ちょっとまずいな、って思ったのは、「エシカル・ジレンマ」ですね。

エシカル・ジレンマ、「倫理的な葛藤」という意味ですよね。・・・

石黒 僕のつくったもののなかに「テレノイドⓇ」というアンドロイドがあります。ニュートラルなデザインの人型をした簡易アンドロイドで、遠隔操作で発話したり動かしたりできる。このテレノイドを通じた会話療法などをデンマークで行っているんですが、高齢者や精神障害者は異様にテレノイドを好きになってしまうんですよね。

―人間には心を開いてくれない人が、アンドロイドには警戒心を解いてくれるということですね。

石黒 で、なにが起こるかというと、ありとあらゆる秘密をしゃべっちゃうんです。たとえば、銀行口座とか、暗証番号とか、全部言っちゃうんです。

―それは……まずいですね。遠隔操作しているオペレーターがそれをすべて知ってしまうわけですから……。

石黒 そうです。でも、これすごく治療的には大事なんです。・・・だから、対話型ロボットは必要なんですけど、ものすごく信用のできるオペレーターしか採用できないんですよね。悪用すると、オレオレ詐欺が完璧にできちゃうんですよ。

―もはやオレオレって言う必要もない(笑)、……すごいですね。

石黒 ロボットっていうのは、高齢者とか、子供とか、障害者にとっては非常にいいデバイスになるんです。一方であまりになんでも言いすぎちゃう、っていう。人間じゃないから言ってもいい、って思っているのかもしれない。

 

P111

―お話を聞いていて、思い出したことがあるんですが、慶応義塾大学の前野隆司さんが、「受動意識仮説」というのを唱えてて。そこで言ってることが、石黒さんの言っていることとかなり近いんです。つまり、「『心』や『私』なんてない」と。最終的には、それがすごく仏教の考え方に近いんじゃないか、という話をしているんです。

石黒 実は僕、仏教関係の方に講演を依頼されたりするんですよ。浄土真宗の研究部門の人が僕の本を読んでいるらしいです。

―何か近いものがあるんでしょうか。そのときはどんな話をされたんですか?

石黒 まあ、今日しているのと同じ話です(笑)。彼らは、僕の本をすべて読んでいて、「人の心というのは、互いに心があると信じているから、存在できる概念なんだ」という話は、まったく仏教と同じとしたうえで、最終的にはすべて無に帰するものだって言っていました。あれはちょっとおもしろかったですね。

―ぼくはロボットの研究というのは、最終的には「人の幸福の研究」に行くんじゃないかなとおもうんです。・・・結局、「人間を知る」ということと、「人間がどうやったら幸せになれるのか」っていう話はけっこう近くて、前野さんはそれを定理化しようとしているんです。

石黒 社会心理学みたいな話ですね。

―そうですね。今日出たプログラミングの話―究極の人間のマニュアルをつくるという話をより発展させたものだと思うんです。「こうすると幸せになれる法則があるよ」みたいな。

石黒 僕はね、「満たされる」というのは絶対的な価値観ではないと思っているんですよ。そこに水が入っていく感覚のほうが大事で、本当に水がいっぱいになってあふれちゃったら、お腹がいっぱいになってなにも感じなくなる。たぶん、穴が開いてるんです。心のなかには。幸せは相対的な価値観なので、全員が幸せだったら、絶対人間幸せにならない。不幸を見ないと幸せになれない。そういう気もちょっとしている。だから、幸福をちゃんとマニュアル化できるかどうかっていうのはわからないですけど、僕も、従来の物質的な幸せや金銭的な幸せを超えて、ある程度人が納得するような精神的な幸せというものを伝えられるような気はしています。もしそれができたら、そのとき僕はね、宗教法人を立ち上げる。

―本当ですか⁉

石黒 産学連携なんてもう古い、今は「教学連携」かな、と思っていて。やっぱり人間にとって一番大事なのってお金じゃなくて心が満たされることで。みんな最終的にそこに行くんです。

 ・・・

 ・・・特定の宗教だけを無目的に信じる宗教学はダメだと思うんですけど、人間の心のよりどころみたいなものを、常に最新の科学とか哲学をベースに考えて直してみるっていう意味の宗教学っていうのは絶対に必要で、特に、機械と人間の境界がなくなりつつある今は、・・・人間がどう生きていくかを考える宗教学は必要だと思います。・・・