心は、あると思えば存在する

明日、機械がヒトになる ルポ最新科学 (講談社現代新書)

 「どうすれば『人』を創れるか」も面白かった、石黒先生のお話、興味深いです。

 

P87

―すごく聞きたかったことが一つあるんです。石黒先生、最初の頃に自分の娘さんをロボットでつくられてますよね。

 ・・・

 ・・・自分の娘さんと、ロボットの娘さん、先生が「心」があると感じる瞬間って同じ感覚なんでしょうか?

石黒 それは、まだわからない。ただ、ロボットをつくったときに、「このロボットは意識をもって動いているのかもしれない」、と思ったことはあります。

―どういうときですか?

石黒 たとえば、ロボットを横に置いてミーティングをすると、ロボットが僕らの声に反応して、「なんでそう言うの?」っていうことをふっと言うわけですよ。そういうときは、めちゃくちゃドッキリします。よく考えれば、プログラムでテキトーに相槌うってるだけなんですけど(笑)。そもそも、僕は、心というのは主観的な問題なので、仕組みがどんだけ複雑か複雑じゃないかは関係なく、人間かどうかも関係なく、相手に心があると思えば存在するものだと思っているんですよ。

―たぶん、世間の多くの人はそういう意見に反発すると思うんですよ。そういうものじゃなくて、心というのは問答無用で「人間には備わってるんだよ!」と。

石黒 はっきり言うと、心もないくせに「心」なんて言うんじゃないよ、って思いますね。

 

 驚かれるかもしれませんが、これこそ石黒先生が一貫して著書などで語っている主張なのです。つまり、「人に心はなく、人は互いに心を持っていると信じているだけである」ということです。この主張にはぼくも同意です。

 この社会で生きていると、ことあるごとに「心」という言葉を口にする人と出会います。悪いことをしたら「心を入れ替えろ」とか、行動に「心がこもっていない」等々。そこに反論すると「頭でっかちだ」と言われます。そういう人のほうが「心でっかち」だと思うのですが……。

 

―先生はどうしてそういう考え方をするようになったんですか?

石黒 僕ね、感情がなかったんですよ。子供のときに、怒ることが一切できなかったんですね。

―怒ることができなかった?

―それは、何歳くらいのことですか?

石黒 小中学校の頃に自覚しました。大学で助手をやるまで「怒る」ということがなかったんですよね。人がなぜ怒るのか、不思議でしょうがなかった。「怒る」なんてまったく不毛なんですよ。お腹減るし、エネルギー使うし……そんな暇なことよくやってるな、と思っていたんですよね。でも、大勢の人間をたばねるときには怒ることも必要で、だからがんばって練習しました。

―その話、とても共感できます。実はぼくも同じようにあまり怒ることがないのですが、その理由というのがまったく同じで、「怒る」なんて無駄だと思っているからです。しかし……練習すれば怒れるものなんでしょうか?あと、それって本当の感情と言えるんでしょうか?

石黒 心理学の下條先生(カリフォルニア工科大学教授 下條伸輔)が、「感じるから行動するのと、行動するから感じるのと、どっちが先か?それは両方だ」という話をされていました。・・・行動してると、感情は自然に芽生えてくるものなんです。

―なるほど。ぼくは、先生と同じで、人にもともと心があるとは思っていないほうなのですが、それでも「心」とか「気持ち」って幼少期にプログラムされるじゃないですか。石黒先生がそれをうまくわからなかったのは、教育のせいというのもあるんですか?

石黒 かもしれないですね。僕はね、今でもちょっと覚えているのは、小学校5年くらいのときに、大人に「人の気持ちを大事にしなさい」って言われて、めちゃめちゃドッキリしたんですよ。

―それはどうしてですか?

石黒 だって、わからなかったから。「人」「気持ち」「考える」、どれもなにひとつわからなかったです。

 ・・・

―・・・ぼくも小学校の頃、自分に心がないことを自覚していたんですが、大人に「他人がどう思うかと自分で考えて、それを内面化しろ」って言われたんですよ。

石黒 ムチャクチャ難しい(笑)。

―漠然と「心」みたいなことは言われなかったんですよね。そういうプログラミングがはっきりしていた。だから逆に、意外と自分は、ロボットなのかもな、って思ってました。

 ・・・

石黒 僕、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』っていう小説が好きなんです。そのなかで、大人になるっていうことは、小さい頃にわからなかった人とか心とか、そういった問題にテキトーな折り合いをつけてわかったふうなことを言うことだ、って書いてあるんですよ。僕は、その通りだと思います。・・・

 

 なんだか……ここまでの話を聞いて、石黒先生がアカデミズムの世界にいるのが奇跡に思えてきました。どうしてそんなふうに自由に生きて研究者になれたんでしょうか?・・・

 

―石黒先生は、もともと研究者になりたいと思っていたんですか?

石黒 いやいや、そんなことはない。僕は絵描きになろうと思っていたから・・・昔からどちらかというと病気がちで、あまり生きることに執着がない。・・・バイクに乗るか絵を描くかしている毎日だったんですよ。でも、さすがに手に何も職がついてないと食っていくのが大変だなと思って、コンピュータを勉強して、そこから人工知能やロボットをやりだしたんです。

―え、そんなにパッとできるんですか?絵描きから人工知能とかロボットの分野って……かなり畑違いじゃないですか?

石黒 俗世間を生きるための縛りみたいなものを持たないでいると、けっこうできるんですよ。僕、3年ごとに、全部研究テーマを変えているんです。普通の研究者っていうのは、分野とか、大学とかがあるんですけど、そういうのも持たない。要するに根無し草なんですよ。社会に帰属するポイントがないので、どうでもいいです。