私ってどこにいるの?

明日、機械がヒトになる ルポ最新科学 (講談社現代新書)

 つながってる、やっぱりすべて連動してますよね・・・と思いつつ読んだところです。

 

P183

 その日とるべき行動をアドバイスしてくれるシステム「ライフシグナルズ」を自作し、それに従って生きているという矢野さん。・・・

―そもそも、この研究はいつから始まったんですか?

矢野 2003年くらいでしょうか。・・・

 ・・・

―・・・もともと矢野さんはこうした統計やハピネスなんかに興味があったんですか?

矢野 私は物理専攻なんですよ。・・・ちょうど大学院の頃に、社会現象を物理理論で扱う「シナジェティクス」っていう学問が出たんです。その本を読んで、自分もこういうことができたらおもしろいかなあと。

―社会現象を物理理論で扱うっていうのはユニークですね。

矢野 ・・・自分自身、社会ってどういうふうに動いてるのかよくわからなかった。もともとカール・ヒルティの『幸福論』が愛読書で。・・・

ヒルティの『幸福論』って、どんなことが書いてあるんですか?

矢野 ものすごく実践的なんですよ。たとえば時間の使い方っていうのが第1章に書いてあるんです。「あなたは何かをしようとするときに、準備が整ってないとか言って後回しにするけど、大事なのは始めることだ」とかそういうことが書いてあるんです。

―最近の自己啓発書みたいですね(笑)。

矢野 ヒルティはもともとキリスト教をバックにしている人で、このなかにも、さまざまな哲学が書かれているんです。実践的なことと、高尚なキリスト教哲学が交互に書かれていて非常に感動しました。彼は『幸福論』のなかで、ギリシャの哲学家、エピクテトスについて書いているんですが、そこでは、自分がコントロールできないことに対してどう向き合うべきかという話が、ものすごく簡潔に書かれていました。そのときまだ20歳前後の私は感動しまして。こういうのを、もうちょっと理論的に高めたいなと思ったんです。

 ・・・まあ、会社に入ったらそんなことができるわけもなく(笑)。20年くらいはそこには行かずに過ごしてたんですけど、人間のデータをとっていたら、実はそういうところにまた戻ってきた。

 ・・・

 もともと物理統計をやっていた時代は、いわゆる「多体問題」っていうのを研究していました。複雑な原子が絡み合って結晶化することについてですね。原子を人間に対応させて考えると、結晶っていうのはひとつの社会みたいなものかなと考えたり……。そういうアナロジーから、社会での個々のビヘイビア(ふるまい)っていうのは、その人が起こしたんじゃなくてその人と周りとの関係性によって起こってるんじゃないかという、物理っぽい世界観を持っていました。

 ・・・

―・・・矢野さんは、いろいろな法則に従って、人間が分子的なふるまいをするのを見ていますよね?そういう目で見たときに、人間の定義について考えたことはありますか?

矢野 意識したことはないですね。ただ、「全体」と「個」ということについては、ものすごく意識してますね。特に私が気になっているのは、「人間とは何か」ということよりも「私ってどこにいるの?」という点です。

―それはどういう意味の「私」ですか?

矢野 心に近い意味ですね。心は脳のなかにある、という考え方があります。でも、「ドキドキする」とか「興奮する」って言うときには、みんな胸をなでているでしょう。そういうとき、心は心臓にあるんじゃないかと思うんですよ。だけど、「腹が据わる」とか「腹に落ちる」って言っている瞬間は、心は腹にあるんじゃないかと思うんです。

古代ギリシャだと脾臓にある、と言われていたんですよね。心は状況によって移動すると?

矢野 そうですね。それぞれのことわざや考え方は迷信じゃなくて、一面をきちっととらえた、かなり科学的なものなんじゃないかと思いますね。で、私は毎日センサでデータつけてるじゃないですか。そうしたらこれも、もう体の一部なんです。なくなったら自分ではない。

―デバイスによって身体が拡張されてると。

矢野 そうです。車を運転してるときは、ハンドルの先にあるタイヤの動きまで「私」になっているでしょうし、複数人でお話ししてるときは、話している人とのあいだに、体の動きのシンクロが起きている。自分を自分の意志で動かしているなんていうのは、おごり高ぶった考え方で、人間の体の動きなんて、集団現象なんじゃないかなと思うんです。

―へええ。

矢野 コールセンターでデータをとってみた結果もすごくおもしろいんですよ。休み時間に従業員の雑談がはずんでる日は、職場全体のハピネスが業務中も含めて高くなってるんです。電話の応対能力がアップすることまでわかってるんですよ。

―雑談してる人の業績だけ上がったんじゃなくて、コールセンター全体の業績が上がってるんですか?

矢野 そうです。一対一の対話関係はほとんどありません。でも、雑談という集団現象が、ハピネスという集団現象として、雑談を超えた全体に影響を与えていて、それがコールセンターという集団に影響を与えているんです。電話でマニュアル通りに対応する仕事だから、集団は関係ないとみんな思っていますが、実はデータを見るとそうじゃないんです。

―・・・一緒にひとつの作業をしてるわけじゃなくてもシンクロが起こるのはどうしてなんでしょう?

矢野 人間は場を共有しているだけで、無意識に影響を受けてつながりあってるってことですよね。

―空気をつくる人って重要なんですね。

矢野 そう。今まであんまり評価されてないんですが、とても重要です。よく・・・「ムードメーカー」って言われる選手がいますよね。あれって、すごく科学的根拠があるんじゃないかな。・・・