ルルドの奇跡

「病は気から」を科学する

 ルルドの泉に集まる人々が感じていること・・・そうだなー・・・日常にそれがあればどんなにいいか・・・など色々思いました。

 

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 どの巡礼者も言っていたのは、十代のヘルパーから上級医師にいたる、ここのボランティアたちが与えてくれる気遣いと支援のことだ。「それはすばらしいのよ」とジョーンがつぶやく。「敬意を持って扱ってくれるわ」

 意外にも、ボランティア自身からも同じような感想を聞いた。彼らは旅費を自分で払い、貴重な一週間の休暇を犠牲にしてまで、毎年、夏になれば、ここに来る。「巡礼者たちのためではないの」とあるボランティアが、スタッフ用カフェテリアで夕食の列に並びながら言った。「自分のためよ。私の人生には、毎年、これが必要だから」ロンドンの銀行員である別のボランティアは、ルルド行きを友人には伝えていない。最初に来たのは十代のときで、病気の全快を感謝するためだったと話す。それから何十年も経った今も来ているのは、「人を助けると、とてもいい気分になれる」からだ。

 ボランティアや医療スタッフから聞いた話では、ルルドにいると、日々の悩みを客観的に見ることができ、普通の生活では得られない仲間意識が得られる。あっという間に親友ができる場所らしい。ここでは、病人も健康な人も、誰もが平等であり、故郷で何をしているかは関係ない。

 私はそれが意味するものを、この目で見た。健康な人も、病人も、裕福な人も、貧しい人も、ここでは、私が経験したことがないほど親しく交流し、相手が誰であれ、親切な行いをするのが当たり前になっている。沐浴場では、ボランティアが巡礼者の靴紐を結ぶ。聖堂では、病人たちが最前列に並ぶ。安っぽい観光客向けの店が立ち並ぶ裏通りさえ、自転車レーンの代わりに車椅子レーンがある。会ったばかりの尼僧が、私の昼食代を知らないうちに払ってくれたこともある。列車から降りる巡礼者たちに手を貸すために駅へ行ったあと、一緒に行ったボランティアの中には、CEOもいれば、清掃作業員もいたことを知った。

 それこそ、ルルドの真の奇跡だ、とデ・フランシスシスは言う。

 西洋社会では、病人は脇へ押しやられ、人間性を奪われる、と彼は熱っぽく話す。「いったん入院すれば」と彼は言う。「あなたは白血病となる。あるいは高コレステロール血症となる。つまり、人間でなく診断結果にされてしまう」ところが、ルルドでは、病人は病気ではなく、最高位の上級医師と同等の人間として扱われる、と彼は信じている。「共に歌い、共に祈り、おしゃべりし、踊り、ビールを飲むのが、ルルドでは普通のことなんです」

 つまり、これがデ・フランシスシスの新しい使命だ。ルルド医療局局長として、・・・最終的に望んでいるのは、病院や診療所だけでなく、日々の生活における病人の扱われ方を変えること。つまり、あらゆる人に別の生き方に気づかせることだが、必ずしも信仰心は必要ない。「それは教会を超えたものです」と彼は言う。「これは別の社会モデルなのです」