すごいねえ

天才はあきらめた (朝日文庫)

 山里亮太さんの、芸人になるまで&なってからのお話を読みました。

 このお母さんの「すごいねえ」、あったかいです。

 

P19

 芸人を目指すと決めて、ふと冷静に自分を振り返ってみた。

 スターが持っているような伝説的な武勇伝もなければ、誰もが驚く話ができるほど家庭環境が複雑だったわけでもない。わかりやすい核家族だ。

 大丈夫か?頭があきらめさせる要素をどんどんと用意してくる。どうする?探そう。目指してもいいという許可証になるようなことは、小ぶりながらもいくつかはあったはず。

 この道に進みたいと思わせる出来事たちは、例えば小学校5年生のとき……。

 僕はコロッケさんが大好きで、中でも千昌夫さんのモノマネが大好きで、ひたすら練習していた時期があった。・・・このモノマネが家庭内でウケた。親戚内でもウケた。・・・

 そしてその姿を見た母親が、僕が小学5年生のときにテレビ番組の子役のオーディションに勝手に応募した。

 いざオーディション当日、会場で僕は「これが場違いってやつか!」と声に出したいくらいだった。僕以外は全て劇団や事務所の子ばかり。・・・いわゆるステージママという人たちがたくさんいた。・・・

 横を見ると、母親は兄ちゃんの卒業式のときに着ていた地味なスーツ。僕と母ちゃんは壁と同化してしまったのか?ってくらい、マダムたちは僕らを通り越して会話していた。

 ・・・

 完全なる一般人山里少年は萎縮しまくりでそこにいた。できることは、もじもじすることと、脳内でひたすら後ろ向きな会議をすることのみ。

 どうする?僕は似てない千昌夫さんの真似だけで来てしまった。勝てるはずがない。出すか?エマニエル坊やを……。いや、無理だ。何がある?何もない……。どんどんとその場にいることが恥ずかしくなってきた。

 面接までにいったん休憩の時間になった・・・

 僕と母親は2人でテレビ局近くのファストフード店に行ってハンバーガーを食べた。異様にむなしかったのを覚えている。なんだか母親にも惨めな思いをさせてるんじゃないかとものすごく悲しい気持ちになった。そんな僕に母親は満面の笑みで言った。

「あんたすごいねぇ。他の子みたいにお金かけてるわけじゃないのに勝負できるなんて、偉い」

 母ちゃんは、信じられないところから褒め言葉を持ってくる。

 学校でも、僕がめちゃくちゃ怒られているところを見て「反省してる感じ出すのうまいねぇ」という褒め言葉で引き取っていってくれたときもあった。

 僕が絵に描いたような肥満児だったとき、デパートに服を買いに行って試着した際にキングサイズというのが入らなくて顔を真っ赤にしていると「あんたすごいねぇ!洋服屋さんが一番大きいと思ってるよりも大きいんだって!すごいねぇ」と、言葉を「すごい」というオブラートに強引にくるんで出してくる。

 クラスで唯一高校受験に失敗したとき、1人皆に気を遣って先に帰ってきたときも「あんだがいたら盛り上がりづらいもんねぇ。そういう気が遣えるところ偉いねぇ」と褒めてきて、あとは受験のことは何も触れずに、僕が大好きなカレーライスを作りに台所に戻っていった。余談だが、先日母親と2人で旅行に行った際にこのときの話になり、実は台所で泣いていたという話を聞いたときは驚いた。「あんなに勉強をしていたのに、かわいそうでねぇ……」とまた涙ぐんでいた。

 ・・・

 昔、母ちゃんが学校に呼び出されて、先生から「亮太君はすぐ嘘をつくんです」と言われたことに対して、「どんな嘘ですか?」と聞き返し、詳細を聞いての母親の第一声が「先生、それ傑作ですね。亮太、聞かれてすぐに何か言えるって、しかも作って言えるってすごいねぇ」というやり取りで先生を呆れさせていた。