論理パラドクス

論理パラドクス・心のワナ編 人はどう考えるかを考える77問

 読みながら、私は考えるということがあまり得意ではなかった・・・と思い出しました(苦笑)。興味深い内容でした。

 

P10 問01 モラル・タイプキャスティング

 快楽と苦痛が人間にもたらす影響を調べるために、実験がなされることになった。確実な作用をもたらす2種類の薬剤を被験者に投与し、反応を観察するのだ。

 薬剤Aは、5分間のあいだ、強い幸福感と快楽をもたらす。

 薬剤Bは、5分間のあいだ、強い憂鬱と苦痛をもたらす。

 どちらの薬剤も、作用は5分間だけに限られ、後遺症などの健康上の不利益・利益はいっさいないことがわかっている。

 多くの部屋で同時に実験がなされており、あなたが実験者として担当する部屋には被験者は4人いて、それぞれ次のような人である。

 日用雑貨店の販売員

 世界的な理論物理学

 中学校の家庭科の非常勤講師

 高等検察庁検事長

 薬剤A、Bをそれぞれ2人の飲み物にこっそり入れて、反応を記録するのが実験者の仕事である。誰にどちらの薬剤を与えるかは、実験者であるあなたが自由に決めることができる。さて、あなたは誰と誰に薬剤Aを、誰と誰に薬剤Bを与えるだろうか。

 まずはあなた自身の答えよりも、大多数の人がどう答えるかを推測してみてください。むろん、あなたが自分を「典型的な人間」と思っているならば、あなた自身の答えがそのまま問題の答えとして使えるはずですが。

 

答え◎この実験は、表向きは「快楽と苦痛が人間にもたらす影響を調べる」と言いながら、実際には実験者が被験者になっている。つまり「薬剤の配分の仕方」が実験されている。・・・

 この実験はインタビューによる研究がなされており、特定の傾向が判明している。問題文の事例で言うなら、大多数の人が、販売員と非常勤講師に薬剤Aを、物理学者と検事長に薬剤Bを与えるのだ。

 人間は「主体」と「客体」の2種類に分けられるという。行動の「担い手」と「受け手」という類型である。どの人が主体であり客体であるかは、状況によって変化する。たとえば、病院の診察室では医師が主体で患者が客体だが、その患者が操縦する飛行機に乗っているあいだは、その医師はパイロットに対して客体になる。しかし、文脈に関わらず「主体」と見なされやすい人物、「客体」とみなされやすい人物の序列のようなものが暗黙に想定されがちで、有能、能動的、高スペックな人ほど「主体」と見なされやすい。その非公式の役割分担によって、周囲による当人への倫理的意味付けが違ってくる。「主体性」の高い人物は「行為性」が高いので苦痛を受けてもさほど同情されない反面、「客体性」の高い人物は「経験性(快・不快を感じる度合い)」も高いと判断されて、苦痛を受けると同情されやすいというのだ。

 ・・・有能な人が普通の人より「苦痛を被っても仕方がない」と感じられたというのは興味深い。・・・行為性が高いからといって快・不快に鈍感である(たとえば拷問に耐える力が強い)とは限らないのに、みな何となくそう判断してしまうのだ。行為性と経験性を相容れないものとして、個人をそのつど主体と客体に振り分ける感性が、私たちには備わっているらしい。