コントロールできる自由がもたらすもの

脳科学は人格を変えられるか? (文春文庫)

 

「学習性無力感」というのは、たとえば動物実験で、苦痛となる電気刺激などを与え、それが動物自身どう動いても避けられない状況を作ると、抵抗するのをやめて動かなくなってしまう、自分は無力だと思い込んであきらめてしまう状態のことですが、逆にコントロールできると思い込むと(実際違っても思い込むだけでも)、こんな変化が起こるという話です。

 

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 今ではもう古典というべき実験が、一九七〇年代にニューイングランドのアーデンハウスという介護施設に住む高齢者を対象に行われた。・・・二人の心理学者、ジュディス・ローディンとエレン・ランガー・・・は、介護施設の住民にありがちな決断能力の欠如は、環境を自分でコントロールすることが許されていないせいではないかと考えた。

 ・・・二人は巧妙な実験を考えた。アーデンハウスの中のふたつの階がランダムに選ばれ(二階と四階)、これらの階の住民はすべて、植物の鉢をひとつと、週に一度映画を見に行くチャンスを与えられた。状況をコントロールする自由がどれだけ与えられるかという点を除いては、ふたつの階の状況はできるかぎり同一にされた。四階の住民は自分の好きな植物を選び、好きな時間に水をやることができる。何曜日の晩に映画を見に行くかも自由に選ぶことができる。対照的に、二階の住民は決められた植物を与えられ、水やりもスタッフが行う。映画を見に行く曜日もスタッフが決定し、住民に伝えた。

 一八カ月後に、ローディンとランガーはふたたび施設を訪れた。結果は驚くべきものだった。四階の住民が二階に比べて幸福度や健康度が高かったのはともかく、両階の差は死亡率にまで及んでいたのだ。・・・コントロールの有無によって余命にこれほど大きな差が出るとは、だれも予想すらしていなかった。

 自分で状況をコントロールしているという感覚が、健康や幸福度に重要なかかわりをもつことは、その他の研究からも確認された。興味深いことに、かならずしもほんとうに状況をコントロールしていなくても―つまり、<コントロールしている>というのが本人の幻想であっても―同じほど大きな利益を得られることが、複数の実験結果から示されている。