期待感の影響

患者の話は医師にどう聞こえるのか――診察室のすれちがいを科学する

 ネガティブな期待感=痛みが悪化するかもしれない、と思うだけで、もともと効いてた薬が効かなくなってしまうことってやっぱりあるんだなと、そういう研究結果もあるんだと知れてよかったです。

 

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 私自身がプラセボ的なものを臨床の中で活用している・・・よく使っているのは、漠然とした痛みや倦怠感を訴え、医学的検査では特定の原因が見つからない患者である。こうした患者の多くは心理・社会的なストレスをかかえていて、そのために状況が悪化している。マルチビタミン剤を飲めば元気が出るのかと尋ねる患者がよくいる。以前は、効果を証明する科学的研究がないこと・・・無意味と否定していた。しかし、今は別のアプローチをとるようになった。「マルチビタミン剤を飲んだら元気が出るという患者さんはたくさんいます」というようなことを言うのだ。嘘ではない。私の患者の多くが実際にそう言っているからだ、・・・

 ・・・安いマルチビタミン剤にはほとんど欠点がないことを考えると、私としては患者に試してみることを勧め、改善する可能性はまちがいなくあるという楽観的な見方を示すようにしたい。・・・

 ・・・

 コミュニケーションがプラセボ効果をもたらす二つ目のメカニズムは期待感を高める事である。私が患者に「患者さんの多くは、マルチビタミン剤を飲むと元気になると言っています」と伝えるとき、期待感を高めている。・・・

 痛み知覚に関する興味深い研究がある。二二人の健康なボランティアに対して痛みをともなう刺激(ふくらはぎの上に熱いカイロを置く)を与え、痛みを和らげる麻薬(モルヒネに似たもの)を静脈内投与した。同時に、被験者の頭部をfMRI(機能的MRI)装置に入れ、実験中に脳のどの部分が活性化されているかを記録した。

 被験者に対して四回の実験をおこなった。各回の実験は同一である―ふくらはぎの上に熱いカイロを置いたあとに鎮痛剤が静注される―そして被験者は感じている痛みをランクづけする。一回目は・・・有効成分を含まない食塩水を注射される。これによって痛みのベースライン・スコア(基礎値)が確立する。

 二回目では鎮痛薬がこっそり静注された。患者には一言もない。薬が効いたのは明らかで、痛みの点数が下がっていた。患者に薬の投与が始まったことを明かさなくても効いたのである。

 三回目では「これから麻酔科医が点滴を開始します」と予告された。予測通り、これから薬の注入が始まると伝えられたことで期待感が高まり、鎮痛効果が高まった。実際、このようなポジティブな期待感をもっているだけでも鎮痛効果が倍増する。

 四回目では実験者が「点滴は中止されるでしょう」と予告した。「リバウンド効果」(薬を中止後に悪化する痛み)があるかどうかを調べるためだ。しかし、実際には薬の投与はそれまでの回と同じように続けられた。しかし、今回は被験者はネガティブな期待感をもつことになる―鎮痛薬をもらえなくなるだけでなく、痛みが本当に悪化するかもしれない。実際にネガティブな期待感は、三回目でポジティブな期待感がもたらしていた効果を一掃した。それだけではない、ネガティブな期待感は薬のベースライン効果(二回目で得られた鎮痛効果)も打ち消してしまった。最後には、ネガティブな期待感という単純な行為が、強力な静脈内麻薬の生物学的効果全体をブロックしてしまった。

 これは魅力的な発見である―期待感は実際の薬と同じくらいの影響を与えることができるのである。・・・fMRIの結果は、生物学的な説明として魅惑的な仮説をもたらしてくれる。被験者にポジティブな期待感を与えつつ薬を投与すると、痛みの緩和に関与することが知られている脳領域の活動が増大した(ちなみに、これらの活動領域は、鎮痛作用が麻薬によるもの、プラセボによるもの、どちらであっても増加する)。対照的に、ネガティブな期待感を与えつつ鎮痛薬を投与すると、これらの領域の脳活動の低下が見られた。

 これらは実験的なデータではあるが、医師や看護師が治療をどのように提示するかが患者に生じる治療結果に対して大きな影響を与えるという発想を裏づける。