視点を動かす

文系の壁 理系の対話で人間社会をとらえ直す (PHP新書)

 こういう装置が普及したら、藤井さんの言うような「進化」がほんとに起きそうです。

 

P66

藤井 SRは代替現実です。従来のVRは、見た瞬間に、「あ、これ、偽物だな」とわかってしまうことが多くて、それが現実の延長だとか、現実だと思うことって、ほぼ一〇〇%ないんです。それがSRでは、ちょっとしたテクニックを使うことで、「現実だ」と思える体験ができるんです。

 ・・・

 面白いのは、さっきのハコスコとかSRシステムで、みんなに同じパノラマ動画を見てもらっても、あとで話を聞くと、みんな違うストーリーを話すんです。動画は同じ視点から全方向を撮影してあるんですけど、見る人は全方向を同時に見ることはできないですからね。そうすると、同じ動画コンテンツを見ても、「ホテルに向かっていた女性が美人だった」と言う人もいれば、「公園に縄跳びの上手な子どもがいた」と言う人もいる。それは、同じ場所にいて、周りでは同じことが起こっているのに、人によって違うものを見てるということです。そういう体験を繰り返してると、「あれ?もしかして世の中ってそういうことなの?」と気づいてもらえるかもしれない。これまでそういう実感を持てなかった人に、そう思ってもらうのに僕のデバイスが使えたらいいなと思ってます。

 ・・・

 ・・・同じイベントを複数の視点から記録しておいて、それぞれの立場から見てみれば、「俺が緑だと思っていたものをおまえは赤だと言ってたけど、反対側から見たら、確かに赤だね」と納得できるかもしれない。そうすると、「あ、世の中ってこの程度なんだ、いい加減なんだ」とわかる。そういうことを実感するツールは今までなかったけど、僕のデバイスならできるんです。・・・

 こんなふうに異なる視点を体験できたり、同じ体験を繰り返したりできるツールは、潜在的に人類の進化に役立つと思ってます。・・・僕は、人間の認知が変わるんであれば、それが一種の進化だと思ってるんです。

 ・・・

養老 藤井さんの研究の話に戻るけど、人の認識を変えるということは一番難しいことだと思う。・・・だから、説得しようと思うと、頭って何でこんなに固いんだよってことになる。・・・藤井さんの装置を使えば、直接言うんじゃなくて、ベースを変えられる。

 

藤井 別の認識があるってことを、「あれ?この可能性があるのかな」みたいな感じで、知らないうちに刷り込めたらなあと思うんです。

 

養老 人間って、自分で変わる分にはいいのですが、人から変えられるのは絶対抵抗しますからね。

 

藤井 本人が「自分で気付いた」と思うように持っていければいいんでしょうね。・・・「自分で気付いた」と思わせるように、隙間にすっと入れればと思う。・・・

 

養老 究極の教育、究極の説得ですね。

 ・・・

藤井 ・・・視点を自由に動かすということが一番大事だと思います。ひとつの事象について、ほかの誰かの視点から考えてみる。「人は人の気持ちがわかる生き物なんだ」なんて、本当に腹が立つような甘ったるい言葉が世の中の前提になっていたりするけれど、そうじゃないんだとわかってほしい。「本当に視点を変えたときはこう見える」という体験をしてほしいんです。そういう体験は、こういうデバイスを使わないとできません。

 ・・・

 SRを東大の精神科の先生が体験されて、「なるほど。これが離人症なのか」と言われたこともあります。患者さんの感覚を頭では理解していたけれど、SRで自分を後ろから見ている感覚を実感して、「これが離人症なんだ」と思ったそうです。・・・