つながりの中に

脳と魂 (ちくま文庫)

 このあたりも、印象に残りました。

 

P242

玄侑 ・・・よく、「魂ってあるのかないのか」って訊かれたりするわけですよね。お釈迦様は訊かれても答えなかったわけですよね。仏教は、「ある」とも「ない」とも考えていないんですよ。どう考えるかっていうと、観測者と、観測される対象と、その周辺の無数の縁による相互関係的な出来事だというわけですね。だから、「ある」ということが起こることもあるし、起こらないこともあるのであって、「ある」か「ない」かということではないと。すべては出来事というふうに考える。

 

養老 それはまさに、私が言ったシステム論です。多数の要素が複雑に絡み合って、ある動きをしている。それは一定であると思えば一定だし、絶えず変化してると思えば変化してるしね。そんなこと言ったら何も言ってることにならないって、近代科学は言うんだ。なんだ禅問答かって(笑)。だけど、それ、話が違うんですよ。そういうものを切り落とすことで近代科学は成り立っている。だから、たとえば近代医学に従っていくと、とんでもねえことになるんだ。病気はあるけど患者はいないなんてことが平気で起こるわけです。・・・

 ・・・

玄侑 先生のおっしゃる「生きているシステム」は、仏教で言う「空」なんですね。「空」っていうのは実際、概念化することが不可能なものですから、なかなか難しいんですけど。そして科学が相手にするのが「色」ですよね。しかし、その量子の相補性として粒子と波っていうことになると、もう既に「色」では収まらないんです。

 

養老 もう、「色」の世界を外れちゃっていますよね。

 

玄侑 ええ。

 

養老 むしろ空になっちゃったなあ。

 

P272

玄侑 ・・・ユングが言ってることですごいなと思うのは、一つのことが起こりますよね。起こったことそれ自体では縁起がいいか悪いかわからない。たとえばここにお金が落ちてたとしますよね。縁起がいいって思って拾ったら、テーブルの角に頭をぶつけて脳震盪で入院した。やれやれ、まいったと思ったら、入院した病院の看護婦さんがきれいな人だった。それで、結婚したら、なんだかしりに敷かれちゃって、こんなはずじゃなかった、と(笑)。二転三転するわけですよね。すると、お金が落ちてること自体が、いいことかどうかなんて、わからないわけですよ。だから希望を持ったまま判断を保留しなさいとユングは言うわけですね。最初に起こった出来事を保留しないで悪い方向に考えると、それが次に起こることに影響する。この「希望を持ったまま保留」っていうのがすばらしいと思いますね。「希望の元型」って言いますけど。

 

養老 それ、僕、まさに実行してる気がするな。

 ・・・

 さすがにこの歳になると縁起担ぐんだけど、大体、瑞兆しか見ませんからね。だから楽観的って言ったんですよ。

 

玄侑 ええ。すばらしいですよ、それは。私もたぶん瑞兆しか気にしませんね。いやなことは判断を保留するっていうことは大事ですよね。

 

養老 体力要りますよ、でも。物事宙ぶらりんにしとくぐらい疲れることないですよ。判断停止とか保留しとくと、みんないらいらし始めてね。

 

玄侑 それ、周りが大変なんじゃないんですか?私もそういうところありますけど、私は大丈夫でも、周りがいらいらしますよね。それに耐えられなくなる(笑)。

 

養老 全くそうですよ。それ黙らせるには、時々一番悪いこと言って心配させるとかね(笑)。死んだらどうするとか。要するに、気合いを外すしかないですね。全然違う話に持ってっちゃう。

 

玄侑 なるほど。しかし、それも極意ですよね(笑)。