美味しい料理とは何か

アマゾンの料理人 世界一の“美味しい”を探して僕が行き着いた場所

 巻末に、dancyu編集長の植野さんが文章を寄せていました。

 

P300

 料理人をおおまかに分類すると〝熱く〟燃えるタイプと〝冷たく〟燃えるタイプに分かれると思う(もっと詳細に分けると「哲学者タイプ」「お笑い芸人タイプ」などもいるが)。基本的に熱い心を持った人に適した職業なのだが、燃え方に違いがあるのだ。食の雑誌を長く手掛けてきたためか、顔や雰囲気を見ただけでどちらのタイプかすぐにわかるのだが、太田哲雄という料理人はまったくわからなかった。

 ・・・少しずつわかったのは、タイプに限らず、ジャンルに当てはめることがあまり意味を持たない料理人であるということだ。

 本書を読んでいただければおわかりだが、まず経歴が尋常ではない。『料理の鉄人』にハマり、アルバイトをして一流シェフの店を食べ回る高校生など日本中探してもいなかったはずだ。今でも『料理の鉄人』の話になると目を輝かせて語り始める。「料理オタクだったんです」と自分で言っているくらいだ。そのまま料理人を目指し、イタリア、スペイン、ペルーと修業することになるが、これも普通の料理人の過程とはまったく異なる。マフィアに気に入られたり、〝プラダを着た悪魔〟に仕えたりと、豊かな(?)人生経験を積んだことが、どんな状況でも淡々と料理をつくれる素地をつくったのだろう。だから今でも、一人で大人数の料理をつくることになっても、徹夜しても終わらないほどのお菓子を注文されても、どんな相手が客であっても、まったく動じず、穏やかな笑顔を見せる(余談だが、店が忙しくなるとパニクってしまう料理人は実は結構いる)。

 さらに当時は「エル・ブジ」で働いた経験があれば、それだけでも店が出せるくらいの箔がついたのだが、不満を感じて契約延長を辞退してしまう。世界から注目を集めた「ガストン」も同じ。むしろ「ペルー料理の母」の店に興味を持ってしまう。これらの店で働きたいという憧れを持つ者が、世界中にどれほどいたことか。しかし、太田さんにとっては、そうした〝肩書〟は何の意味も持たない。そんな形式的なことのもっと奥にある、料理の本質や原点を常に見ているから。

「エル・ブジ式の料理は食材を無駄にする」ことが不満であったと書いているが、これはフード・ロスという資源的・経済的損失だけを考えるのではなく「美味しい料理とは何か」というシンプルだが永遠の本質をテーマにしているからだ。実際、太田さんと会うと、いつしかこうした原点の話になっていることがほとんど。

 そして、その原点を見るために訪れたのがアマゾンだ。・・・実際に〝アマゾン村〟のカカオや土の下の巣から採った蜂蜜なども食べさせてもらったが、衝撃を受けた。それは、日本の店で味わう〝美味しい〟とは別次元の大地や自然のパワーそのもの。それは「無農薬」とか「自然派」など言葉の飾りが不要な世界。食の原風景を感じるのだ。

 こうした原点こそが、太田さんの目指すところであり、それを守らなければならないという信念を持っている。・・・

 ・・・

 ・・・「太田さんはイタリアンの料理人なんですか?スペインですか?それともペルー?アマゾン?」などと聞かれることがある。そんなときにはこう答えている。「ジャンル分けする意味がない人ですよ。イタリア料理もペルー料理もつくるけど、太田さんは〝地球の料理人〟です」